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メモ 近代の権力は理性と感情の両面から人々を動員する

20世紀に活躍したシカゴ大学のチャールズ・メリアム(1874~1953)教授はシカゴ学派の源流に位置する研究者です。彼は1933年にドイツのベルリンに滞在していましたが、ナチ党が政権を掌握する様子を現地で目撃することになり、その動員能力に強い印象を受けました。翌年に出版された『政治権力(Political Power)』(1934)では、権力の機能を大衆の動員と捉え、どのようなメカニズムで影響を及ぼしているのかを考察しています。

メリアムの説によれば、権力は人々の理性に訴求する要素と、感情に訴求する要素の二つを併せ持ち、それらが相互に補完し合う関係にあります。理性に訴求する権力の側面をクレデンダ(credenda)、感情に訴求する権力の側面をミランダ(miranda)と呼んでいますが、特にメリアムが着目しているのはミランダの方です。

ミランダは、権力を美しく飾り立てる機能があります。例えば、公共の記念碑、旗、物語、歴史、儀式、制服、音楽といった権威を高める象徴によって人々を惹きつけ、動員します。前近代の政治史でも、君主や教会が自らの権威を強化する目的で利用してきましたが、メリアムは近代社会で不特定多数の大衆を動員するために、ますます象徴、シンボルとしての性質が強まってきていることが特徴的だと指摘しています。

「かつては効果的であった王権・父権・地方性・神性といった諸要素の組合せは、今日でもまったくなくなったわけではないが、徐々に姿を消してきている。そして、異なった基礎の上に立って人をひきつける、象徴という他の形式が、これに代わって次々に現れてきたのである」(上161頁)

象徴は、人間の社会的認知に働きかけ、何らかの政治行動を引き起こす目的で設計されますが、それ自体に政治行動を合理化、正当化する力はないともされています。そのため、継続的に大衆を動員するためには、象徴だけに頼らず、理性や思考に働きかけることが必要であり、憲法や法令、教義やイデオロギーといったクレデンダがその役割を担います。

「権力のクレデンダは、権力のミランダとまったく異なったものというわけではないが、両者が見出されるレベルは異なり、クレデンダは合理化という次元にあるといえよう。クレデンダは、知性に対して権威の継続性に同意することを迫るような理由を内包しているものなのである」(上164頁)

大衆に何らかの政治行動を起こし、動員する上で法的規範や政治思想よりも、儀礼や物語を通じた象徴の計画的な操作が重要であるというメリアムの考察は、今日では特に目新しいものではなくなっていますが、ドイツ政治だけでなく、近代の政治を理解する上でプロパガンダの重要性を認識させるきっかになった研究だと思います。

参考文献

C.E. メリアム『政治権力:その構造と技術』上下2巻、斎藤真、有賀弘訳、東京大学出版会、1973年

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