神々が住まい怪異が蠢く宮崎県の怖い話『宮崎怪談』(久田樹生/著)著者コメント+収録話「当然の話」全文掲載
日向国の怖い話!
あらすじ・内容
神々が住まい怪異が蠢く宮崎県の怖い話
地元の怪談作家が宮崎県各地の〈怪〉を徹底取材!
かつて神々が降り立った神話の里・宮崎県に潜む不思議と恐怖譚を集めたご当地怪談集
高千穂の空に浮かぶ未確認飛行物体
宮崎市内のトンネルで憑く怪異
怪奇現象が多発する延岡の家
都城各地でも目撃される光球・火柱の謎
県内各地で頻発する河童・妖怪目撃談
日向市に実在する最恐心霊スポット
天孫降臨の地であり神々が住まい妖怪蠢く宮崎県。その怪異譚を地元在住の怪談作家がまとめあげる宮崎のご当地怪談集。
・高千穂のとある橋から谷底へ生者をいざなう怨霊「境」
・宮崎市の繁華街ニシタチで拾った呪物の正体「原因」
・綾町の某所で謎の異界に迷い込む「その日は朝から」
――などに加え、県内各地の河童伝承と目撃談や神話伝承地に伝わる怪異譚のほか、親族の墓の手入れを頼まれたことを契機に数奇な運命に翻弄される男性に密着した長編「墓を守る」を収録した特別章など宮崎の怪談を余すことなく収録した決定版!
著者コメント
試し読み1話
当然の話
宮崎県西臼杵郡高千穂町。ここは〈神々の里〉である。
天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命―― 邇邇芸命、すなわち天照大神の孫・天孫が降臨した地といわれている。それもあってか、一晩中舞われる夜神楽を始めとして、街中を歩けば次々に神々に出会う土地だ。
そして、ここでは家の玄関に一年中注連縄を飾る。邪気を払い、無病息災・五穀豊穣を願い、祖霊を祀ると同時に、家内に年神を迎え一年ともに過ごすためであるようだ。
じつは注連縄の発祥は高千穂町にあるという。建速須佐之男命の乱暴狼藉の結果、ひとりの機織女が亡くなる。嘆く天照大神は岩戸隠れしてしまった。その天照大神を岩戸の奥から引っ張り出したあと、神々は〈二度と岩戸の中へ戻らぬよう〉と天岩戸の口に縄を張った。
これが注連縄の始まりだという。
このように、日常に神々が溶け込んだ地が、高千穂町なのである。
本州に住む、ある人が教えてくれた。
世界的疫病が五類へ移行したあと、この人の知人たちが高千穂町を目指したという。
仮にその名を、アキラ、ヒデヒコ、ソウタロウ、コウとしよう。
彼らは熊本県の阿蘇くまもと空港へ降り立ち、そこからレンタカーで移動する算段だったようだ。高千穂町は宮崎県に属するが、文化圏としては熊本県の阿蘇になる。隣り合っている立地を考えれば当然の話だろう。言葉のイントネーションも阿蘇に近く、二つの地には類似の伝承・伝説も垣間見える。銀行も熊本のものが多く、地元の人のメインバンクになっていた。だから阿蘇にほど近い阿蘇くまもと空港からレンタカーを借りて移動するのは理に適っているのだ。しかしその旅は最初からトラブル続きだった。本州の空港では飛行機の出発時間が遅れた。そればかりか、到着も大幅に後ろへ移動した。阿蘇くまもと空港へ着いてから判明したのは、ヒデヒコが行ったレンタカーの予約が上手くいっていなかったことだった。ネットを介しての予約だったはずだが、ヒデヒコのケアレスミスだったようだ。
なんとか普通車を一台借りることができた。唯一免許を持っているアキラが運転席、助手席にヒデヒコ、後部座席にソウタロウとコウが乗り込む。走り出したあと、全員が飛行機や航空会社、レンタカー店への悪態をつき続ける。果ては「最寄り空港が遠い」「車を使わないと自由な移動がままならないのが辛い」などの文句へ変わっていく。
空港から出て間もなくして、ヒデヒコが静かになった。
体調を悪くしていた。高い熱があるようだった。
「おいおいおいおい、まさかアレじゃねーだろうなぁ?」
「オレ、まだ罹ったことねーんだけど?」
思わず警戒の声が上がる。解熱剤を飲んでもヒデヒコの体調は戻らない。次に後部座席のソウタロウとコウが言い争いを始めた。
「こんな遠いとこまできて、感染とかマジ勘弁だわ」
「なら来なきゃよかったろ。お前が行きてーっ、一枚嚙ませろ、ていったンだろうがよ。それなら今回の旅費、お前に貸すこともなかったンだわ。戻ったらちゃんと返せよ」
「ああ?」
険悪な空気に耐えきれず、アキラはいったんコンビニへ乗り入れた。後部座席から下りたソウタロウが酷く足首を捻った。コウはコンタクトレンズを地面に落としてしまう。ワンデイだからといいながらトランクから新しいレンズを取り出そうとしたとき、今度は彼が両足を捻る。軽い捻挫であったが、歩くのが辛いようだった。やや遅れてアキラも外へ出た。途端、強い吐き気に見舞われた。それこそその場で胃の内容物を全部ぶちまけてしまうのではないか、というくらいの吐き気だ。しかし、出てくるのは涎くらいだった。一時間ほど車内で休んで、ようやく回復した。ヒデヒコは黙ったまま目を閉じている。後部座席にいる二人は足首が酷く腫れてきたらしい。それでも合間合間に言い争っている。
こんなに問題を抱えた状態で、高千穂へ行くのは難しい。熊本市内に取っていたビジネスホテルに入り、一晩過ごした。夕食の予定は郷土料理の店だったが、予約をしていなかったのでそのまま取りやめになった。そして翌日、熊本県の観光もやめた。
全員、目眩や頭痛などの体調不良を起こしたからだった。当然、ヒデヒコの熱も、ソウタロウやコウの捻挫も治っていない。アキラはアキラで胃痛に苦しむ始末だったらしい。
飛行機の時間に合わせて空港まで戻り、レンタカーを返した。最後、車を所定の位置へ戻す際、アキラはレンタカー会社の社員を轢き殺しかけた。そこまでアクセルを踏んでいない感覚だったが、そうではなかったようだ。
それぞれが自宅へ戻ったあと、全員高熱を出した。ヒデヒコに至っては、入院してしまった。
不幸中の幸いなのか、全員あの疫病ではなかった。だが、熱の原因がわからない。ヒデヒコ以外は三日ほど高熱に苦しんだあと、平熱へ戻った。
それから少しあと、ソウタロウとコウが金銭トラブルに巻き込まれた。これはいまだ継続している。ヒデヒコは退院後、職場での信用を失墜させる事件を起こした。残るアキラは社内で大きなトラブルを引き起こし、会社本体に大損害を生じさせた。
「あの四人は、高千穂町で〈仕入れ〉をしてくるっていってました」
この話を教えてくれた人がいう。仕入れとはいったい何かと問うと、苦笑しながら教えてくれた。
「有名神社やご利益があるといわれている神社で御守りや御札を大量に購入するんです。それをネットで売って大儲けする算段だったみたいです」
短絡的な思考だ、とその人は苦笑している。そもそも御守りや御札は授けていただくものであり、買うものではない。だが、彼らは御守りや御札を買うと称している。単に商品としてしか思っていないことなのだろう。
「彼ら四人は、勝算があるといっていました。高千穂の神社の木から折った枝や剝がした皮、玉砂利や土、苔などを盗んで御守りや御札と合わせて〈パワースポットご利益セット〉として売ろうとしていたようです」
ただ、その目論見はご破算となった。そればかりか、現状全員がトラブルで身動きができなくなっている。高千穂へ行くなど、考えられない状態だった。
ちなみにアキラとヒデヒコの二人は、以前一度だけ高千穂町へ来たことがある。
疫病で移動が困難になる直前のことだったが、もともとは熊本県内の旅行のみを計画しており、高千穂町は予定になかったらしい。たまたま気が向いたのでレンタカーで移動し立ち寄っただけというが、ある場所へ偶然辿り着く。彼らいわく、ネットで有名なパワースポットだった。そこを訪れた直後、彼らはギャンブルで大儲けした。そればかりか、やることなすこと上手くいく。疫病が始まってからはそれも鳴りを潜めたというから短い栄華であった。
が、そのときの成功体験――パワーをもらったことが今期の〈仕入れ〉を思いつく発端となったようだ。もちろんギャンブルの儲けはすぐになくなった。高千穂へ行く予算は別の場所から無理矢理捻出したものである。そう。借金である。
その彼らのいうスポットの名を聞いた。確かにネットに載っていた。
しかし、そこはパワースポットではない。
これだけは書き記しておく。
著者紹介
久田樹生 (ひさだ・たつき)
1972年生まれ。九州南部を拠点に、実話怪談の執筆、実録怪異ルポ、ホラー映画のノベライズ等にて活動。怪談は現地取材をモットーとし、全国を駆け巡る。代表作に『南の鬼談 九州四県怪奇巡霊』『熊本怪談』『仙台怪談』、『忌怪島〈小説版〉』『犬鳴村〈小説版〉』ほか東映「村」シリーズなど。