我楽多だらけの製哲書(N76) ~歴史に抱く虚しさとヴァイツゼッカー~
1年が経った。
しかし事態が収束に向かっているとは言い難い。
出口がどこにあるかもまだ分からない。
数時間前、国連総会緊急特別会合(ES、Emergency Special Session)では、一つの決議が採択された。その内容は、「ロシア軍の即時撤退および公正かつ永続的な平和の実現」などである。
今回の決議案に関して、賛成したのは「141カ国」、反対は「7カ国(ロシア、ベラルーシ、北朝鮮、エリトリア、マリ、ニカラグア、シリア)」、棄権は「32カ国(中国、インド、南アフリカなど)」であった。
1年前の2022年3月3日、国連総会緊急特別会合で採択された非難決議(ロシアに対する非難、ロシア軍の即時・完全な撤退などを求める決議案)の各国の反応は次のようなものであった。賛成は「141カ国」、反対は「5カ国(ロシア、ベラルーシ、シリア、北朝鮮、エリトリア)」、棄権は「35カ国(中国、インド、キューバ、ベネズエラなど)」、そして意思を示さなかったのが「12カ国」だった。
賛成の数は同じだが、反対は増えていることが分かる。こういった変化をどのように解釈するかについては、私の今後の課題なのでとりあえず保留しておきたい。
また1年前、グテーレス事務総長はこの問題に対して声明を出している(SG/SM/21158)。
The use of force by one country against another is the repudiation of the principles that every country has committed to uphold. This applies to the present military offensive. It is wrong. It is against the Charter. It is unacceptable. But it is not irreversible. I repeat my appeal from last night to President [Vladimir] Putin: stop the military operation. Bring the troops back to Russia.
グテーレス事務総長の声明で示されている国連憲章違反について、最も直接的なものは2条4項の「武力不行使原則」だろう。
2条4項では、「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。」と規定されている。
このときの声明は次のように締めくくられている。
International humanitarian and human rights law must be upheld. The decisions of the coming days will shape our world and directly affect the lives of millions upon millions of people. In line with the Charter, it’s not too late to save this generation from the scourge of war. We need peace.
1年前、このように国連を始めとした国際社会は平和に関するメッセージを送ったが、この問題は2022年2月24日に突如として起こったわけではなかった。この問題の始点がどこであるのかを明確にすることは歴史の絡むため簡単ではないだろう。しかし、2014年のロシアによるクリミア併合は、1年前の出来事の助けになってしまっているように思えてならない。
国際法の原則の一つに「事実の存在が法を生む(ex factis jus oritur)」というものがある。
これは時間をかけて積み重ねられた国家実行が法的信念(法的確信)を伴う場合、それが法になるという、国際慣習法の成立を支えてきた原則である。これは単に既成事実さえあれば、時間の経過でそれが法のように適正なものとなるというものではない。
ただ現実としては、さきほどの原則が都合よく解釈されたような結果となってしまった。
しかし国際法の原則には次のようなものもある。
「不法から法は生じない(ex injuria jus non oritur)」
この原則に基づけば、クリミア併合のあとの状態も、そして現在のロシアの侵攻も、今後いかに時間が経過したとしても、法のように適正なものにはならないはずである。
もし、クリミアにしても、東部のドンバス地方(ルガンスク州やドネツク州)や南部のヘルソン州などにしても、現時点でロシアの支配下にある地域をロシアのものとして事実上容認していくような妥協案に向かうようであるならば、この90年間に得た教訓を活かせていないことになる。
「チェコスロバキアの問題は無事に解決しましたが、それは大きな問題の解決に至る序曲にすぎません。全ヨーロッパの平和への序曲です。」
これはズデーテン地方の問題を話し合うために開かれたミュンヘン会談(1938年9月)後、イギリスの首相であったネヴィル・チェンバレンによってなされた発言の一節である。
ここから、1936年のラインラント進駐、1938年のオーストリア併合そしてチェコスロバキアのズデーテン地方併合(編入)といったナチス・ドイツの動きについて、イギリスをはじめとするヨーロッパ各国は、その行動を事実上容認したと解釈されることがある。それゆえこれは「宥和政策」とも呼ばれる。
この宥和政策の評価は分かれており、これによってナチス・ドイツの侵攻を鈍らせ、時間的な猶予をイギリスは確保して、本格的な戦争の準備ができたとポジティブに評価される場合がある。
しかし結局、世界は平和ではなく戦争に向かっていった。
「先の大戦(第二次世界大戦)は防ぐことができた。早い段階でヒトラーをたたき潰していればその後のホロコーストもなかっただろう」
これはチェンバレンの後にイギリスの首相となったウィンストン・チャーチルの言葉である。
チャーチルは次のような言葉も残している。
「歴史から教訓を学ばぬ者は、過ちを繰り返して滅びる。」
私たちは先の大戦でどんな教訓を得て現在を生きているのだろうか。
そのように考えるとき、私はやはりヴァイツゼッカーの言葉が脳裏に浮かぶ。
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我楽多だらけの製哲書
日常の出来事と哲学を掛け合わせた考察をつれづれなるままに綴っています。先哲の思想は、昔のことだし抽象的で近寄りがたいと思っている人がいるか…
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