鷺沢萠さんのことを、少し
私は中学3年生頃から本を読むようになりましたが、それ以前は全く読書の習慣がありませんでした。国語のテストで、次に来る接続詞を問われる問題がさっぱりわからず、本を読めば解けるようになるだろうという思いつきから本を開くようになりました。
最初は何を読んでいいのかわからず、野球の本ならば読めるだろうと、山際淳司さんの「スローカーブをもう1球」を手に取りました。その後、山際さんの著書はほとんど読みました。国語も得意科目になりました。
高校生になると、傾倒していた尾崎豊が連載していた月刊カドカワを読むようになり、そこで連載していた他の作家の小説もひととおり読みましたが、一番自分に馴染んだのが鷺沢萠でした。ほぼ全ての著作を読みました。
写真を始めてから一度お会いしてみたいと思っていましたが、突然逝去されてしまいました。
その後、私がカメラの使い方を教わった方の作品が鷺沢萠の著書の装丁に使用されたり、鷺沢萠と同級で部活も一緒だったという写真家に出会ったり、鷺沢萠の最後の秘書をされていた方とお仕事をご一緒したこともありました。
大学生の頃に読んだ鷺沢さんご自身の出自に関する作品は、他人を理解する手立てとして、とても参考にしました。それは今でも変わっていません。
上手くいかないことが多かった時期に、彼女の作品にはとても救われました。多感な時代にすがるように触れた作品は、その後も自分から離れることはなく、静かに強く自分を縛り、護ってくれます。私の作品にもそれが色濃く映っているなあと、よく思っています。