② 青い鳥、二匹同時に喰っちまえ
「チームとソロの並走、やってみよう!」
言うのは簡単だがそういうのは才能やセンス以前に底なしのバイタリティがある人の特権と思っていた。想像するだけで遠い目になる。チームの仕事だって今回は余裕を持つぞと構えても、最後はやっぱりリソース全部突っ込んで泣きを見るのを繰り返してきた。年期からリソース配分は少々マシになったものの、胸張って余裕アリマスとは今も言えない。
複数の案件平行で苦労するのはアタマの切り替えである。都度一週間は欲しい。理想は一ヶ月。しかしそうも言えないので強引に切り替えては辻褄を合わせてきた。
チーム仕事とソロ活動の並走は一見地続きにみえるのでなんとかなるかと思ったが、自分はどうも脳の使い方が決定的に違うらしく難易度が跳ね上がった。ジキル博士(チーム案件担当)とハイド氏(ソロ案件担当)のように思考が分裂し、両者が互いにダメだしをしまくる。
とはいえこれは普段の業務でもある。請けた依頼をどうこなすか腕組みをしてしばし、脳内の作家と編集とプロデューサーがケンカをおっぱじめるのだ。ケンカといってもせいぜい罵り合いで、たまに手が出る程度。流血沙汰にはならない。
ところがチーム脳とソロ脳だと初手から銃を持ち出して殺意は全開、治安が悪いなんてものじゃないのだ。争いが熾烈になると普段の業務まで飛び火しそうになり、実際危ういこともあったが仕事がユルい時期に試すことでどうにか事なきを得た。
チームとソロを猛烈な勢いで両方回してる人を真似るのは早々に諦めた。
ココロか身体のどちらか、あるいはその両方が爆死するのは目に見えていたからだ。
地道に焦らずやるぞと注意深く試したのが良かったのだろう、不器用でも続けていると少しずつだが慣れていく。
しかし切り替えに馴染んできた頃、もっと根本的な問題が表面化する。
ソロ脳の拗ね方がめんどくさい
長いこと放っておかれたからだろう。ソロ脳はしばしば不機嫌な顔で黙り込み、目を合わせようとしない。
埒があかないのでヒアリングを重ねるものの、発言はいつもぼんやりとしていて要領を得ない。
一方、チーム脳は基本的に請け仕事担当だ。契約巻いてカネ貰って戦場へ突っ込んでいく傭兵である。クライアントの期待する戦果を上げるという目的がハッキリしているから受け答えも常にハキハキしている。
請けて負うから請負。
それは「目的が与えられている」ことでもある。
この状況に慣れすぎて自分で目的=お題を作るのが下手になっていた。
何を決めるのも億劫。受注をスターターにしていたのでモチベエンジンもかかりが悪い。ようやく動いてもいきなり高回転で暴走したりすぐエンストしたりする。
それでもなんとか、こんなことしたいかも……とソロ脳が言葉少なに語ることがある。よしよし丁寧に聞こうと耳を傾けていると——チーム脳が笑顔で出張ってきて評価/安全/難度の観点から「受注案件として成立するルート(松竹梅)」を提案しはじめるのだ。
ソロ脳が望んでいたのは期待と不安が入り混じる、孤独でうら寂しくも鮮烈な一人旅(=ソロ)だ。それが瞬く間に「観光ガイド付きあんしんパックツアー(オプションで自由時間付)」に変貌していく。
ソロでやってんのに請負になるのだ。
若いころに一瞬のモチベを拾って体力ゴリ押し、デキはともかく無理やり完成にこぎつけていた頃は、請け仕事でもひとり旅の充実感を持てる瞬間があった。
あのころは出来たじゃないか!これが老いか!といささか焦ったりもしたが、よく考えると当時の自分にはチーム脳が未熟でガイドツアーが居なかった。
未熟ゆえの知らなさ、見通せなさが結果としてひとり旅にしていたのだと思い知る。こいつは困った。
そうだ京都行こうのノリでソロ脳が旅に出ようとすると、チーム脳から派遣された押し売りガイドツアーが大挙してやってくる。それはわかった。ならば
「ツアーは要りません」とチーム脳の提案を断らねばならない。
自分にNOと言える自分。
ソロの旅路にそもそも何を望むのか、そこをしっかりさせるのだ。さすれば自信を持ってガイドツアーを断れるはずだ。これは俺(ソロ脳)の旅なのだ邪魔してくれるな。きっと快適ではなくともワクワクする旅になる。
よし、ここまで決まればあとは前へと踏み出すだけだ。
これで終わる、というかようやく始まる。
だがしかし
固めた決意で断った途端、愛想の良かったツアーガイドの態度が一変する。