【書評】ピンポンさん
上原久枝さんという存在を抜きに、荻村伊智朗という不世出の偉人を語ることはできない。
荻村伊智朗がもう二度と出てこないであろう存在だとするのなら、上原久枝さんのような包摂力にあふれた「おばさん」も容易には出てこないだろう。
読み終わったあとの率直な感想です。
本当におもしろかったです。卓球界に携わる方は絶対に読んでほしいですが、「スポーツの本質とは何か?」を考える上でスポーツ好きな方にもお薦めしたいですね。
世界平和を実現するための手段としてのスポーツ
ハッとさせられた言葉でした。
推しチームであるT.T彩たまに所属する香港の黄鎮延選手やギリシャのジオニス選手、そして英国のピッチフォード選手など。
祖国の国旗を掲示し、彼らのプレーをTリーグで全力応援していた自分が誇らしくなってきましたし、「そう、それでいいんだ!」と大いに勇気づけられました。
荻村伊智朗とは!?
外交官としては超一流。もしも未だご健在であればノーベル平和賞の候補に間違いなく上がっていただろうし、IOC会長の座も夢ではなかったのではないかと。
長野五輪(1998年)の実現や幻に終わった2008年大阪五輪の招致など、卓球という枠から大きくはみだしたスケールの大きすぎる発想。
これがとにかくすごいんです。
その一方で、日本人離れした「空気の読めなさ」と頭脳明晰すぎるがゆえの周囲との乖離。
苛烈な物言いや態度で国内では随分と敵を作ったんだろうなと思うし、この本を読んでいる限り、どこの地域かは言及しませんが、そのなごりは今でも残っているのかなという印象は読んでいて思いました。
過去に開催された卓球イベント
以前から、1991年世界選手権(千葉大会)に興味があります。
政治的な部分での「南北統一チーム(コリア)の結成」ということは当然興味あることの一つ。
これを中国側がどのようにとらえていたのか?荻村さんが対中国という意味でどのような交渉術でのぞんでいたのか?
中国でいえば、1970年代のピンポン外交に寄与したとされる荻村さんと後藤 鉀二さんにおける国内での評価ももっと知りたいですね。
あとは卓球的な側面。
団体戦で男子は地元開催にもかかわらず、過去最低の成績(13位)に終わるのですが、日本男子チームがカットマン3名をメンバーに選出したことについて後年、日本卓球界に深く関わったマリオ・アミズィッチ氏は・・・
「ヨーロッパの選手たちはカット打ちが下手ではない。そういう事を意図して選出したとするのなら残念だ」
このように批判をしています。
荻村さんは選出にあたってどの程度関与されていたのか、「ツルの一声」のようなものが果たしてあったのかどうかも気になっています。
暗黒時代突入期の90年代
また、この当時のことでいえば1994年の年報( by全国高等学校体育連盟卓球専門部)に記載されている噂話↓も見逃せません。
90年代の大学卓球部といえば、練習に励む選手がいる一方で、やる気のない学生は「心ここにあらず」で、ギャンブルならびに風俗に対して興味津々といったイメージがありますし、全日本選手権開催中(東京武道館で開催していたとき)に飲食店でビールを飲んでいる学生も実際に見かけました。
1993年から野平孝雄さん(故人)をパートナーとして、日本強化に乗り出し、荻村さん指示の下で野平さんが奮闘されていく記述があるのですが、強化合宿時におけるコーチ陣と野平さんとのやり取りの一部が個人的にはおもしろかったです。
荻村伊智朗=奇人とみるか偉人とみるか?
選手時代よりも引退後の活動に大きな魅力を感じました。
こと卓球に関しては現代ではおおよそ考えられないようなスパルタ式を選手たちに強いているので、読み進めながら「受け入れられない」という人も多いと思いますが、「そもそもスポーツとは一体何なのか?」という本質。
原点を考える上では最適な著書だと思い、書評の冒頭でお薦め層を紹介してみましたが、スポーツが嫌いだという方も、スポーツそのものを良い意味で見直すきっかけになるかもしれません。
「外交官:荻村伊智朗がスポーツを手段として行った対外交渉術あれこれ」といった側面でぜひお手にとって読んでいただければと思います。