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デッサンベタ(ショートショート)

 画用紙にデッサンをしている。
 時々、用紙に付いた黒鉛を拭うためにパンを使う。
 そして時々、お腹がすいたタイミングでパンを齧る。

 つまり、現在僕は、目の前の画用紙と一緒に、一つのパンを共有していることになる。
 同じ釜の飯を食っているわけではないけれど、なぜか目の前の画用紙に親近感を抱く。
 それはまるで、池の鯉にエサをあげているような状態であり、僕はパンで画用紙を餌付けしているようなものなのだ。
 心なしか、キャンバスがこちらに向けて優しく微笑んでいるように見えてきた。それに答えるように、僕も微笑む。

 ──ぴしゃ。
 一瞬何が起きたのか分からなかった。気がついたら服が濡れていて、画用紙の中で何かが泳いでいる。その画用紙の中の何かに、「阿呆なことを考えているんじゃない」とでも言われたのだろうか。
 しばらくして、画用紙の表面の揺らぎが収まってから、考える。

 先ほどの、画用紙の表面で起きた揺らぎと、自分自身の服を水で濡らしたものの正体は一体何だろう。
 さらに考えるため、じぃっと画用紙と睨めっこする。すると今度は、ほんの少しだけピチョンと画用紙が揺れた。今度は確かに、その影をこの目で捉えた。
 それは一匹の魚だった。尾びれの大きな、綺麗な鱗の魚。キラキラと光を反射する、構造色の虹色。
 その姿形には見覚えがあった。ベタだ。闘魚とも言われる、気性の荒い、けれど美しい魚。オス同士で同じ水槽に入れると戦ったりするとかなんとか。

 画用紙の中を泳ぐそれを眺めながら、先ほどの自分の思考が、画用紙にこんな魔法をかけたのだろうか、と思う。
 少し嬉しくなって、手に持ったパンを少しちぎり、画面に落とす。ぽちょりと音がすると、長く美しい尾が、画用紙の中で渦巻いた。

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