ブラッシュドノエル(ショートショート)
クリスマスが近づく街の中。クリスマスソングが流れ、イルミネーションやツリーで彩られた街の中を、時々俯きながら歩く。照明の色に濡れたレンガが、歩みを進めるたびに後ろへ流れていく。
息を吸い込んで吐き出す。吐き出した息の白さに、自分はもう冬の真っ只中にいるのだと気付かされる。
もうこんな時期なのかと心の中で呟く。それは毎年恒例の行事で、一度もかかしたことがない。時間の流れを憂う流れ。
とぼとぼと歩みを進める。家の近くまで来て、家に夕飯がないことに気づく。近くにドラッグストアがあったことを思い出し、そこに向けて歩くことにした。
入店する。自動ドアが開き、買い物かごだけを持って店内を進む。
菓子パン、カット野菜、豚肉にインスタントの袋麺。アルコール飲料とおつまみ。流れ作業みたいに進みながら、ふと立ち止まる。
そういえば歯磨き粉が少なくなっていたような。買っておこうか。
踵を返し、オーラルケアのコーナーに向かう。
ずらりと並んだ歯ブラシや糸ようじ、その隣に歯磨き粉。
いつものやつを取ろうとして手が止まる。
何だこれ。
視界に映ったのは、赤いパッケージに星やイルミネーションのイラストが描かれた歯磨き粉だった。
名前はブラッシュドノエルというらしい。ブッシュドノエルみたいだなと思いながら眺める。
こんな時期ぐらい変わり種の歯磨き粉を使ってもいいかと思う。買い物かごの中に入れる。それはすとん、と音を立ててかごの中の隙間に収まる。
購入して帰宅し、いつものように食事。
ひと段落して、歯を磨く。先ほどの歯磨き粉を一度使ってみようと思い立った。
蓋を開けてチューブを絞ると、赤と白のボーダーに金箔でも散りばめたみたいなものが出てきた。歯ブラシの上に乗せ、口に含む。しゃこしゃことブラシを動かす。
りん。
ん?
りん、りりり。
あれ? なんか。
どこかから鈴の音が聞こえてくる。
洗面台から離れて、部屋の窓から外を眺めてみる。けれど、今度は音が聞こえない。気のせいだろうかと思いながら、再び歯を磨く。すると。
りん、しゃん。りん、りり。
これってもしかして。
この歯磨き粉から鳴ってるのか。意識して耳を澄ませると、どうやらそうらしい。リズムに乗って磨くと、今度はメロディが流れ始める。
今まで聞いたことのない曲。けれど、どこか懐かしいような、昔からずっと聞いてきたみたいな、温かい気持ちになるメロディ。
これなら1日の始まりや、その終わり。家にいる時くらいはほんの少し、楽しい気持ちになれるかもしれない。
いっそのこと、部屋の中も思い切って飾りつけてみようか。
次の休みにでも、近くの雑貨屋に行ってみよう。
そんなことを考えながらする歯磨きはいつもより幸せな気分になった。