医療をやさしくビジュアル化する
医療デザイン Key Person Interview :豊原 亮子
講演会の要旨や会議の議事録をイラストとしてビジュアル化する手法をグラフィックレコーディング(グラレコ)と呼ぶ。
理学療法士として障がい者のリハビリテーションを行うかたわら、豊原亮子はグラレコを描き、日本医療デザインセンターのシンポジウムの報告にもたびたび登場する。
かわいらしさや素朴さなど表面的な魅力に加えて、伝わりにくいこと、難解な事象もイラストなら一目で理解できる場合がある。
デザインとグラレコに共通するチカラを掘り下げる。
理学療法士としてのキャリア
豊原は中学時代に新体操の部活中に利き腕である右ひじに今も傷あとの残る大きなケガを負う。これが自分の職業を大きく決定づけることになった。
「ケガのあと、腕が動かなくなる可能性もあった中で地道にリハビリをやっていましたが、そこで理学療法士(PT)という仕事を知りました。私の世代は、自分や家族のケガでお世話になったことをきっかけにPTを志す人が多かったんです。だから高校でも、PTになる大学に入るために理系の勉強していました。」
理学療法士というとリハビリのイメージがあるだろう。だが実際には病院、介護施設など幅広い場面で活躍する。
ケガした人の運動機能を取り戻す
お年寄りなど、できるだけ長く能力を維持する
障がいを負った人の人生をサポートする
「今は障がい者センターでの仕事がメインです。在宅医療の高齢者リハビリでも長く働いていましたが、キャリア年数は半々くらいになりました。
事故などが原因で後天的に障がいを負われた方に、いかに新たな人生を自分のものにしてもらうかというスタイルで関わります。同じPTでも『治るための病院リハビリ』『幸せに過ごすための生活のリハビリ』とは、全然違う職業にすら感じますね。」
ーーふさぎ込んでしまう方、ずっと落ち込んでいる方もいるのでは?
「そのような方のほうが多い印象ですね。今までバリバリ仕事してきた人が、全く歩けなくなったり、自分の身の回りのことができなくなって元気を失ってしまうのは無理もありません。それに軽い捻挫や骨折などと違って完全には治らないのですから。
だから無理やり支援していこう、励まそうなどとは考えません。落ち込むのも、ふさぎ込むのも人生だ、その人の道だと捉えています。でも決して孤独で悩むことのないようにサポートしているんです。」
2児の母でもある豊原が、自宅から遠くない場所で探したのが、現在勤めている障がい者施設だった。理学療法士一筋で歩んできたキャリアに新たな可能性が拓かれていく。
イラスト、グラフィックレコーディングとの出会い
グラフィックレコーディング(以下、グラレコ)は、発言内容を聞きながらリアルタイムで、手書きのイラストにして情報をまとめる議事録の一種。
講演や打ち合わせの記録が容易
視覚的に議論のポイントを捉えられる
現場の雰囲気もイラストに記録できる
難解な内容も解きほぐして伝えられる
など、グラレコには様々なメリットがある。とくに研修や講演に参加した人が、後で振り返りながら学習を深める『リフレクション(reflection)』に効果的で、専門用語が多い医療分野では今後の広がりが注目されている。
これまでに多数のセミナーや会議の様子をレコーディングしてきた豊原だが、もともとイラストを勉強していたわけでも、絵が得意でもなかった。
「子どもの頃からマンガを読むのは好きでしたが、絵を描くなんて発想はなかったんですよ。たまたま『私の目標、未来』みたいな絵を描いてくださるイラストレーターさんと出会ったんです。
似顔絵と簡単な文字も入っていてステキだなと思い『ぜひ教えてください』って言ったのが始まりです。
イラストには見た人を元気にする力があります。また、文字では伝えづらいこともイラストならできるかもと思いました。2~3年前の話ですね。」
ーーPTのキャリアと比べるとかなり最近の話ですね
「そうですね。ただ最初はグラレコのように人の話を聴きながらリアルタイムで描くのはできませんでした。他の方に見てもらうのではなく、自分が学んだことを定着させるためにノートにまとめている程度。
仕事にしようと考えたのはだいぶ後でした。講義を聴いて『こんな理解で合っていますか』と講師に見せると喜んでもらえるし、お話もしやすくなります。私のことも覚えてもらえるので名刺代わりというか。」
せっかく出会った講師と近づくための豊原なりのしたたかな戦略だった。回数を重ねるうちにイラストの腕前を高めていったと言う。
「長い文章を読むのは苦痛な人もいますが、イラストなら分かりやすく表現できます。『この話は難しそうだな』と諦めてしまう前に、一歩でも飛び込んでもらうための入り口になれれば素晴らしいなって思います。
私のグラレコは、喜怒哀楽の感情と文字のバランス配置などを意識しています。見やすくて伝わりやすくするために、他の方が描いたものも見せてもらって研究していますね。最初に描いたイラストなんて10色ぐらい使ってて、もうひどいもんだったんですけど、だいぶよくなってきたかな(笑)。」
命令や指示よりも強い「動機づけ」の力
日本医療デザインセンターの代表である桑畑氏と出会い、定期的にセミナーやシンポジウムのグラレコを依頼されるようになった豊原だが、最初から医療デザインに興味があったわけではない。
(内部リンク:医療デザインセンターのビジョン)
だが自分が取り組んでいる仕事にも「デザインの力」を実感することがあったという。
「誰かに『健康のために運動しなさい』と指示されても動けないのが普通ですよね。施設の利用者でも、そんな方がいたんです。万歩計を持たせても全然歩いてくれない。
でもあるとき『1週間だけ歩数の記録を取ってください。どれだけ歩いたのかだけ見せてね』とお願いしたら、1週間毎日歩いていたんですね。『報告するからにはちゃんと歩きます』とその方はおっしゃっていました。」
ーー面白い結果ですね。褒められたいという思いが刺激されたのでしょうか
「まったく予想していませんでしたね。『自然に動きたくなる』って理屈じゃないんだなって学びました。やはり力づくで努力させるのは難しいですよ。だからこそデザインってすごいなと思いました。」
仕事や子育てにも似た面があるだろう。命令や指示では、人は動いてくれない。大切なのは自ずと動きたくなる動機づけ。それこそがデザインの力だ。
厳しい現実もグラレコの力で和らげたい
医療を分かりやすく伝えるのは難しいと多くの医療者が感じているのではないだろうか。説明を受ける側も、難しいことを聞いてかつ理解するのはそれだけで大変だ。
「医療でもグラレコを広めていきたいなと最近思うようになりました。伝わるだけでなく、やさしい表現』を目指していきたいです。
医療は病気や死などとつながっているため、幸せな言葉が登場する機会が少ない。将来の希望がない言葉がよく使われます。」
ーーたとえば『余命●カ月』とか?
「そうそう。言い方、言葉の選び方ってありますよね。現実はそうだとしても、もっとやさしく伝える方法はあるはず。厳しい現実を、やさしい表現、イラストでソフトランディングさせたいですね。
やはり医療を提供する側と、患者さん側には知識の隔たりがあります。分からないことがたくさんあるはず。そんな分からずに困ってる人を、私は放置したくないんですよね。
困っている、悲しい思いをする人がいるなら、イラストの力で手を差し伸べたいです。」
グラレコは、ふたつのやさしさを兼ね備えたコミュニケーションツールなのだろう。わかりやすさ、伝える力を追求する「易しさ」と、受け取る人の気持ちに立った「優しさ」だ。
グラレコは医療の常識を変える力を秘めている。
取材後記
お話を聴きながら、自分の描いたイラストでやさしさを伝えたいという考え方に感動しました。私も文章を使って人に分かりやすく伝えたいという想いはありましたが、豊原さんのグラレコにはさらに「やさしさ」がプラスされるのです。
普段から笑顔が絶えず、会議でも場の空気がよい状態を大切にされるそうで、思いやりのある方という印象が強く残りました。
(聞き手:医療デザインライター・藤原友亮)
豊原 亮子さん プロフィール
1980年生まれ、東北文化学園大学卒業後、川越リハビリテーション病院、新宿ヒロクリニックを経て現在は都内の障がい者福祉センター勤務。
2019年からグラフィックレコーディングに取り組み、現在は医療分野を中心にセミナーのまとめイラストや解剖学書籍Stay’s Anatomyの賞まとめ制作も担当。理学療法士の経験から、医療・介護の図解イラストが得意で、「難しい」を簡単に、「硬い」を柔らかく表現し、誰もが学びを楽しめるようにする。
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