スパ銭激戦区 鶴見川を生き抜く「おふろの国」のプロレス的マーケティング
神奈川 横浜市鶴見は温浴激戦区の1つだ。国道1号線を鶴見川が交わる地域(下末吉)には、「スーパー銭湯界の巨人」とも言える施設が2つある。
徒歩圏内にある2つの巨人
その筆頭は「RAKU SPA 鶴見」。14種類のお風呂とサウナ、6種類の岩盤浴、世界のビールを取り揃えたBAR、自家製細打ちうどんを提供するレストラン等、大型の駐車場も完備、漫画喫茶以上とも言えるコミックの充実度。しかも、大人1680円(休日)というリーズナブルな値段で入れてしまう。どれをとっても申し分ない。隙がない。でかいし広いし綺麗。1日中ずっと遊べるスパ。家族で楽しめるスパ。
そして「ヨコヤマ・ユーランド鶴見」。昭和の古き良き健康ランドの雰囲気をそのままに体現した施設。サウナファンの間では、長らく「関東一冷たい水風呂」という触れ込みで、10度前後まで冷やした痺れるような水風呂と全方位からの容赦ない輻射熱の黄土サウナと天然温泉で絶大な人気を誇っている。ゲームセンター、個別宴会場、食堂には大人数の前で歌うカラオケステージもあり、大衆がイメージする「健康ランド」そのもの。
現代アーバンスパと昭和伝統健康ランドの新旧巨人に挟まれる形で、「おふろの国」というスーパー銭湯は存在している。食堂のメニューはがっつり系多く男心を掴むものが多く、お風呂の種類だって13種類あるし、サウナもしっかり熱いし、水風呂も立派だ。料金も1000円かからない。
しかし、「施設の面だけ」から見ると両隣の2施設があまりにも強すぎてしまい、全然目立たなくなってしまう。しかも、その2つの施設は歩いてすぐいけるところにあるときた。そんな場所で商売やっていけるのか?と心配に思ってしまう。
ところが、おふろの国に行くと、親子客で賑わい、後述する「熱波」ではサウナ室は満室の回も多い。2000年11月15日の営業開始以来、根強いファンを獲得し、今なお人気を継続しているのだ。その秘密はなにか。5年ほど通ってみた所管を綴ってみる。
プロレス文化の融合と「熱波道」立ち上げ
「サウナ皇帝 井上勝正」サウナ好きならば一度は聞いたことがあろうその名前。大日本プロレスで活躍した元プロレスラーで、廃業の後、おふろの国のスタッフとして勤務をしている。
よく勘違いを見かけるが、彼はおふろの国の店長ではない。一人のスタッフであり「看板役者」である。店長は林さんという名物プロデューサーがいる。
この井上勝正が中心となって立ち上げたサウナコンテンツが「熱波道」だ。サウナを「道場」と見立てる。
ガスコンロと鍋を使って熱したストーンを詰めたバケツ(=ブラックサバスとかヘブンズドアとかいう装置名らしい)に、アロマ水を注入し、蒸気を発生させ、みんなで掛け声をだして数をかけながら、370回くらい(井上さんの気分によって変わる)タオルをスイングしてお客さんに熱波を送る。そこに至るまでの元プロレスラーならでもしゃべりの巧みさを活かした長〜〜〜い口上、全員で合唱する奇妙な賛美歌、パネッパ!という謎の掛け声、途中退場者には「無理をしない あなたはまさにサウナ紳士!」と拍手を送る。
いまでこそロウリュやアウフグースが浸透しているが、日本において、その先駆けと言っても過言ではない独自コンテンツ ジャパニーズ「熱波(Neppa)」を立ち上げた。その空間には学生時代の部活のような一体感が蘇る。
そこに、現役プロレスラーのムキムマッチョ 松田慶三、ミュージシャン/ドラマーのタックンジョーといったパフォーマー達が、熱波道を究めんとする熱波師として参画。サウナ室内でドラムを叩いたり、ベンチを客席と見立てプロレス的にショーアップした言葉の掛け合いなどでお客さんを楽しませるのだ。「除夜の熱波」という大晦日の年越しに合わせて108回熱波をおくるイベントもかなり前から継続してやっている。
実は、井上さんは「サウナ皇帝」はもう名乗っておらず、今は「サウナそのもの」になっている。
事の発端、慶三さんが事前にシフトに入っていた熱波の予定よりも、直前に入ったメディア出演のオーディションを優先したことを、Twitterで井上さんに注意されたことだ。そこに店長の林さんがレフリーに入る。
「松田慶三に熱波への情熱が足りないのは事実だが、彼には、逆に急にシフトに入ってもらうこともある。だから、ある程度のドタキャンは仕方ない。それよりも、そもそもこのことは公なTwitter上で交わすやり取りではない。井上勝正は皇帝を名乗るのはやめるべきだ!」と判定。
それに沿う形で井上さんは慶三さんに潔く謝罪。「サウナ皇帝」を肩書きをおろし、「サウナそのもの」と肩書きを変えた。実にプロレス的なやりとりで、脚本があったと疑ってしまうほどの流れであった。
スタッフのタレント化と、中毒性がある謎のイベント群
おふろの国は、スタッフがとても楽しそうに働いて見える。スタッフを「タレント」として売り出し、それぞれの個性にあったオリジナルイベントを開催しているのだ。
例えば、マッサージ師の大西一郎さんの「リサイタルショー」。「誰が見に来るんだよw」とツッコミたくなる要素が満載だか、実際にその様子を動画で見ると、ライブで観たくなる謎の中毒性がある。
「露天風呂にUFOを呼ぶ」というイベントも過去に開催されていた。
その他にも、肝っ玉お母ちゃんのような「熱波女将」というキャラクター、女性スタッフをアイドルとしてデビューさせた「OFR48」というグループがプロデュースされ、オリジナル楽曲も制作している。このグループは他の施設のスタッフも参加し、楽曲は押上 薬師湯のエントランスなどで流れている。
コンセプトを振り切ったオリジナルコンテンツ戦略
「行けば何かが起きそうな予感がする」
おふろの国は、なぜかそんな気持ちにさせてくれる施設なのだ。
施設面では確かに隣人に劣るかもしれないが、そもそも単体で見れば十二分に合格点を取れるレベルなのだ。そこにオリジナルコンテンツを投下し、「ただの温浴施設」であることから「劇場・スタジアム・リング」といった部類に変遷することで、戦いのルールと場所を変えたことがおふろの国の秀逸なマーケティングだと思う。
温浴ファンの間では、このカオスな感じに当然 賛否両論あるが、最高商品が溢れかえっている現代において、賛否わかれるくらい突き抜けたものでないと、熱狂的なファンを獲得し得ない。
フロクニ発のコンテンツ「熱波道」は今や「新橋 アスティル」「上野・赤坂 センチュリオン」「上野原 秋山温泉」「西新井 THE SPA」などに「道場」を派生させている。自社だけではなく、他の施設にもコンテンツを投下している。
個人のキャラクターを生かす、日常の些細なことでもドラマに仕立ててしまう、そんなフロクニの独特すぎるプロレス的展開に目が離せない。