「可能性」が「低い」?
揚げ足を取るようですが、どうしても気になるので、指摘させていただきます。
下の記事の2段落目末尾をご覧ください。
世界の国内総生産(GDP)の8割以上を占めるG20の通貨当局が認めない中で、仮にリブラの発行を強行しても、個人や企業で利用が広がる可能性は低い。
この「可能性が高い/低い」という表現は、新聞に限らず、ありとあらゆる文章媒体で本当によく見掛けます。皆さんの中にも、よく使うという人は多いのではないでしょうか。実際に辞書でも「可能性」を引くと、この用例が載っているのですから無理もありません。
しかし、これは確実性の度合が低いということを表しているのですから、「蓋然性」に置き換えられるべきものです。「蓋」という字は漢文で「けだし」と書き下しますが、これは次の句法に由来するものです。
文頭や述語の前に置き、不確実で確認しがたい内容に対し、およその見当を述べるのに用いる。「けだシ」と訓読し、「多分」「およそ」「思うに」などと訳す。(『全訳漢辞海』第四版)
英語では「probability」と言います。形容詞の「probable」からもわかる通り、現実に「ありそうな」性質の濃淡を示しているわけです。蓋然性を数値化したものが確率と呼ばれるのはこのためです。
一方、「可能性」は英語でいうと「possibility」ですから、現実にありそうかどうかはともかく、起こり得る(possible)かどうかを示すものです。ですから、「可能性」は「ある」か「ない」かしかありません。もっとも、ないことの証明はできないわけですから、厳密に言えば「可能性」は「ある」としか言えないのですが。
法令用語では、この両者は厳密に区別されています。以下の例の通り、法律に関する資料には、「蓋然性」という語がよく登場します。
交通事故による逸失利益の算定において、原則として、幼児、生徒、学生の場合、専業主婦の場合、及び、比較的若年の被害者で生涯を通じて全年齢平均賃金又は学歴平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められる場合については、基礎収入を全年齢平均賃金又は学歴別平均賃金によることとし、それ以外の者の場合については、事故前の実収入額によることとする。(平成11年「交通事故による逸失利益の算定方式についての共同提言」より)
とはいえ、「蓋然性」という言葉に馴染みがないという人も多いでしょう。それであれば、「公算」などの語を使うといいでしょう。または、冒頭の記事で言えば、「利用が広がるとは考えにくい」という表現に改めるのも一つの方法です。ともかく、概念の異なる「可能性」を安易に使わないようにしたいものです。
以上で、「可能性」と「蓋然性」の説明をしてきました。「可能性」はあくまで全か無か、「高い」か「低い」かを示すなら「蓋然性」、と覚えてください。それでも、いまいちわかりにくいという人は、次の例文を覚えておくといいでしょう。
明日、隕石が突然地球に衝突して、世界が滅亡する可能性はある。だが、その蓋然性は極めて低い。