_さっきゅう____そうきゅう__

サッキュウ? ソウキュウ?

「早急」──皆さんはこれをどう読んでいますか。

私の周りではソウキュウと読む人がほとんどです。ところが、国語辞典では、サッキュウを本見出しに掲げるものが多いようです。NHKもサッキュウで統一しています。そのためか、ネット上では、ソウキュウは誤りでサッキュウが正しい、とする情報がまことしやかに流れています。はて、どちらが正しいのでしょうか。

漢和辞典で「早」を引いてみましょう。『全訳漢辞海』には、呉音、漢音ともにソウ(サウ)であり、サッは慣用音と書いてあります。以前にもお話ししたように、体系的な音韻を整えているのは呉音や漢音の方です。それなのに、慣用音のサッが正式な読み方というのは、どうも腑に落ちません。

そもそも、-ウが-ッとなるのは、字音仮名遣(広義の歴史的仮名遣ともいえますが、特に漢字音の表記に特化した仮名遣いのことです)でフと終わるものだけです。例えば、「執(シュウ)」、「立(リュウ)」、「十(ジュウ)」は、字音仮名遣でそれぞれシフ、リフ、ジフです。本来は[-p]なのですが、日本語では母音が挿入されるため-フとなります。この-フの音は、後にカ行、サ行、タ行、パ行の音が続くと、元の[-p]が保たれて促音化するという性質があります。これを入声(にっしょう)といいます。よって、「執行」、「立体」、「十本」は、それぞれシッコウ(シッカウ)、リッタイ、ジッポンとなります。

ところが、「早」の字音仮名遣は、先にみたようにサウであり、サフではありません。この-ウは入声と違って促音化しにくいという特徴があります(佐藤宣男「日本語漢字音に見る基本音と派生音──常用漢字音訓表の音をめぐって」、福島大学人間発達文化学類『人間発達文化学類論集』、第14号、2011年12月、37頁)。

したがって、音韻学上サッキュウは本来あり得ない読みなのですが、実際にはかなり古くから使われていたようです。1891年(明治24年)刊行の『言海』には、「さうきふ」(ソウキュウ)はなく、「さつきふに」(サッキュウに)の見出しだけが掲載されています。

サッキュウはおそらく「早速(サッソク)」からの類推ではないかと思われます。「早速」の読みとして、室町期の日本語の音韻体系を反映した『日葡辞書』(1603年)にはサッソクの他、ソウソク(サウソク)という読みも掲載されています。元々はサウソクだったのが、サウの直後にあるソの音に引きずられて促音化し、サッソクに変化したものと推定されています(佐藤、前掲)。

「早速(サッソク)」の影響からか、「早急」も近代以降はサッキュウという誤読が慣用音として支配的になっていたようです。ということは、ソウキュウの方は誤読や慣用ではなく、むしろ原点回帰だといえるでしょう。伝統的とされている読みが、必ずしも合理的であるとは限らないのです。

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玉城武生
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