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迷ったら、かるーたら。

猛暑の日の午後、大阪の肥後橋を歩く。空気は重く、蝉の鳴き声が耳にこびりついて離れない。僕は、50代の独身建築設計士。ここ最近は仕事に没頭し、自分の周りのことなど何も考えずに過ごしていた。そんな日常が、ある日突然崩れることを、僕はまったく予想していなかった。

その日、僕は偶然にも肥後橋の交差点で彼女に再会した。彼女は40代の独身女性、デザイナーだった。僕たちはかつて付き合っていたが、なぜか道が別れてしまった。何年も会っていなかったのに、その瞬間、時の流れが一気に逆戻りしたかのようだった。

「久しぶりだね、元気だった?」彼女は微笑んで言った。彼女の声には、昔と変わらない柔らかさがあった。

「元気さ、君はどう?」僕も微笑み返した。暑さで汗が滲む額を拭いながら。

「うん、なんとかやってるわ。ちょうどお昼ご飯を探していたところだけど、スリランカカレーでもどう?」彼女は提案した。

僕たちは近くの小さなスリランカカレーの老舗専門店に入った。店内は涼しく、外の暑さから解放される。木のぬくもりが感じられるインテリアは、どこか懐かしい雰囲気を醸し出していた。テーブルに座ると、スリランカカレーのメニューが目に入った。

「この店、スリランカカレーが美味しいって聞いたことがあるわ」彼女が言った。

「じゃあ、それにしよう」僕はメニューを眺めながら答えた。カレーの香りが鼻をくすぐり、思わず空腹を感じた。

カレーが運ばれてくると、色とりどりのスパイスと野菜が視覚を楽しませる。口に運ぶと、複雑な風味が広がり、思わず顔がほころんだ。彼女も同じように微笑んでいた。

「昔のことを思い出すね」彼女が言った。

「そうだね、あの頃はよくこんな風に食事したものだ」僕は応えた。

「それにしても、このスリランカカレー、すごく美味しいわ。昔のカレーとは全然違うけど、なんだか懐かしい気持ちになる」

「そうだね、何かが変わったようで、何も変わっていない気がする」

彼女と話していると、時が経つのを忘れる。外の暑さも、仕事のストレスも、全てが遠くに感じられる。僕たちはただ、カレーの風味と共に過去と現在を行き来していた。

「また会おうか」彼女が言った。

「そうだね、また会おう」僕は頷いた。彼女と別れた後、僕は再び外の暑さの中に戻った。けれど、心にはひとつの温かさが残っていた。

彼女との再会は、まるでスリランカカレーのように、複雑で深みのある味わいを僕の心に刻んだ。新しい始まりかもしれないし、単なる過去の続きかもしれない。それでも、その一瞬が僕にとって特別なものであったことは間違いなかった。

蝉の鳴き声が再び耳に入る。その音が、僕たちの再会の記憶を包み込み、大阪の夏の一部として刻まれた。

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