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頑張る人にスパイスの女神は微笑む
新しいスタッフが来た。まあ、僕の新たなバディ役ということになる。オフィスの人事担当が「有望株ですよ」と得意げに言っていたが、彼の有望株はいつも微妙に曲がった方向に成長することが多い。まあ、いい。なるようになる。
彼女は30歳くらいの小柄な女性で、黒縁の眼鏡をかけていた。長い髪を後ろでひとまとめにし、薄紫のセーターを着ていて、いかにも事務的な装いだった。ただし、どこか落ち着きがなく、視線も定まらない。やる気はあるのだろうけど、ちょっと空回りしているようにも見える。
「よろしくお願いします!」 はきはきした声だった。 「こちらこそ」 と僕は言った。事務的な挨拶を交わし、彼女は与えられたデスクに座った。しばらくして、僕は彼女が一心不乱にキーボードを叩く音を聞いた。何かを書いているのだろうが、どうにもリズムが悪い。気になって覗き込むと、画面には「建築設計の基本」というタイトルのメモが表示されていた。頑張って勉強しているらしい。
「カレー、好きですか?」 昼休み、僕は彼女にそう聞いた。 「大好きです!」 目を輝かせて答えた。よし、悪くない。
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オフィスの地下にはインドカレーの店がある。昼時はいつも混んでいるが、僕らはタイミングよく席を確保できた。メニューを眺めながら、彼女は「全部おいしそうですね」と興奮気味に言った。
「カレー好きに悪い奴はいないってね」 僕は冗談めかして言った。 「ほんとですか?」 「まあ、持論だけど」
彼女はチキンカレーを、僕はマトンカレーを頼んだ。店内にはスパイスの香りが満ちていて、昼のざわめきの中にパタパタとナンを焼く音が響いている。
「建築って、カレーに似てると思うんです」 彼女はスプーンをくるくる回しながら言った。 「ほう」 「スパイスの組み合わせ次第で、全然違うものになるじゃないですか。建築も、素材やデザインの組み合わせで無限に変わる。そういうところが似てるなって」
僕はナンをちぎりながら考えた。なるほど、確かにそうかもしれない。 「面白い発想だね」 「そうですか? ちょっと変ですか?」 「いや、見どころがあるってこと」
彼女はふふっと笑い、それからまたチキンカレーを一口食べた。カレーの話をしながら、建築の話をしながら、僕らはゆっくりと昼休みを過ごした。
午後のオフィスに戻ると、彼女は少しだけ落ち着いたように見えた。相変わらずキーボードを打つリズムはぎこちなかったが、その音に、午前中にはなかった何かが加わっていた。
たぶん、それはほんの少しのスパイスみたいなものだった。
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