東京で、僕はカレーと彼女のトリコ。
東京に来るたびに、何度も訪れたことのある女性店主のカレー屋がある。彼女は人懐っこいわけではないが、私にとっては居心地の良い場所だ。駅から数分歩いた路地裏の、控えめなな看板が目印の小さな店だ。香辛料の匂いが漂っている夜の風を感じながら歩いてみたが、その店は臨時休業の札をドアに置いていた。
他にも行きたい店が二つあった。 ひとつは女性店主が一人で切り盛りしている小さなカレー屋だ。 それぞれの店には個性があり、味も違うが、どちらもその店主と直接話したことがある。だけど、その日、二つ目の店もまた休みだった。
「今日は何かの巡りなのかもしれない」と、僕は一人ごちた。 どうも今日は、僕とカレーの相性が悪いようだ。そして、もう一件の店へ足を向けた。 そこは、店主が少し気難しいと評判の店だった。 人懐っこさなど微塵も感じさせない店主が、黙々とカレーを作り続ける店だ。
神田の小さな路地に佇むその店は、古い木造建築を改装したのものだ。 入口には「開店中」の札がかかっている。中に入って、店内はほんの少し暗く、木のカウンターがカレーのスパイスで色づいた空気に包まれている。 狭い空間の中、僕はカウンター席に腰を下ろした。店主が無言でカレーを作り始めた。
カレーが煮える音と、スパイスの香りが見える静寂の中で、僕はふと、先日訪ねた二人の女性店主たちのことを思い出した。ひとりは明るい話し好きで、客の顔を見ればすぐに名前を思い出してくれる。 もうひとりは、少し物静かで、でも目の奥に強い情熱を感じるタイプだ。どちらの店も好きだったが、今日は彼女たちの味を楽しむことはできなかった。
そんなことを考えていると、目の前にカレーが置かれた。湯気が立ち上り、その先に見える店主の表情は無愛想だが、料理には不思議な温かさがあった。しっかりとした粘り気を持ちながらも、舌に滑らせて消えた。スパイスの調和がとれた深い味わいだ。旨い。
「どうだ、美味しいでしょう。」とは、もちろん店主は言わなかった。 しかし、その味には確かに彼の仕事への誇りが宿っていた。 そして、僕はそのカレーを一口、また一口と口に運びながら、東京のカレー屋で出会った女性たちの笑顔や言葉を思い返していた。
カレーを食べ終えて、僕は深く息をついた。少し心が満たされたような気がした。 店を出ると、夕暮れが始まったばかりの東京の街があった。 街の明かりが、僕の心の影を照らしてくれた。