奇想天外、夏の終わりのエビカレー。
9月の昼下がり、大阪の空気はまだどこか夏の残り香を漂わせている。 オフィスを抜け出して、僕はいつものカレー屋に向かって歩いていた。 何も考えずに、ただ身体が勝手にカレーを望んでいたような気がした。職場の近くの小さな店で、テーブルが数えるほどしかない。その店のカレーは、スパイスの加減がちょうどよく、昼休みには最適だった。
ドアベルがチリンと鳴り、店内に入って、カウンターの奥で店主が黙って仕込みをしている。 僕はいつものように、チキンカレーか、キーマカレーを頼もうかと口を開きかけたが、何かその日は言葉が出なかった。代わりに、気づけばこう言っていた。
「今日はエビカレーをください」
エビカレー?自分でも少し驚いた。いつもなら頼まない。エビカレーはなんとなく特別な日のもの、そんな気がしていたのに。
しばらくして出て来たエビカレーは、スパイスがしっかりいていて、エビがいくつかゴロっとのっていた。湯気が立ち上り、香りが食欲を刺激する。そうすると、カレーの濃厚な味わいとともに、妙に心に静まるような感覚が広が。
「これでいいのか?」という声が、ふいに頭の中に響いた。
思わず手を止めて周りを見回すが、店の中はいつも通りだ。 店主も黙って仕事をしているし、他に客もいない。 もちろん、カレーから声がするなんてこともあり得ない。でも、その問いかけは確かに私の中にあった。
僕はもう一口カレーを食べて、これから心の中の声に耳を澄ました。
「同じものを繰り返し選び続けるだけで、本当に満足しているのか?」
その問いに、私はどう答えていいのかわからなかった。
店を出ると、外の風は少し涼しくなっていて、昼下がりの空気が心地よい。 夏が終わりに近づいているのを感じながら、僕はゆっくりと職場へ向かって歩き出した。
職場へ戻る道すがら、頭の中はまださっきのカレー屋での出来事を反芻していた。あの問い掛け──「これでいいのか?」という言葉が、ずっと心の中でくすぶっている。エビカレーを選んだでも、あの瞬間に感じた違和感は、かなり長い間放置されていた古い時計が突然動き出したような、そんな感覚だった
僕は日々のルーチンを生きている。朝起きて、職場に行き、設計図を描き、同僚と少し話をして、帰宅する。休日は酒を飲み、適当な映画を観る。身を任せているような毎日だ。でも、その流れはいつからか、暖かくて、そして単調なものになった。
「もっと何かできるんじゃないか」
そんな気持ちが心の中で芽生えていることに気づいた。 何かを変えなければいけない──そんな衝動が静かに湧き上がってきていた。
街の遠くまで聞こえるように、僕はふと気付いた。 ビルの合間から差し込む午後の日差しが、少し秋を感じさせるように。僕はその空気を深く吸い込み、心をリセットしようとした。今のままでいいのかどうか、それはまだ分からない。ただ、あのエビカレーが僕に問いを投げかけたのは、何かを始めるきっかけなのかもしれない。
再び歩き出すと、足取りは少しだけ軽くなっていた。 どこか不思議な感覚を抱えながらも、いつも通りのオフィスに戻り、再び仕事に向かう。 しかし、心の奥底には、今までと同じではない何かが確かに存在していた。これからどこへ向かうのか、まだ道は見えない。でも、それは迷いながらもいつか必ず見える道だと思えた。
僕はそう思いながら、オフィスの扉を開けた。