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スパイスカレーイノベーション2025
僕がよく行くカレー屋は、オフィスから徒歩五分の小さな店だ。ドアの上には「Curry&Cream」と書かれた看板が揺れている。最初にこの店を見つけたとき、名前が妙に引っかかった。「カレー」と「クリーム」?どうにも不安定な組み合わせだ。だが、いざ足を踏み入れてみると、店内には深い木の香りとスパイスの香りが漂い、居心地の良い空間だった。それ以来、僕はここに通い詰めている。
けれど、その日、店の空気はいつもと違っていた。ドアを開けると、美香がレジカウンターに立っていた。丸いメガネの奥で少し慌てた目をしている。彼女はいつもは注文を取りに来るバイトの女の子だが、今日は妙に落ち着きがない。「マスターがインフルエンザでお休みなんです」と彼女が言った。
「あら、じゃあ今日はどうなるの?」僕は少し驚きながら尋ねた。
「私が作ってます!」美香は笑顔を見せたが、その笑顔には少し自信が足りなかった。「今日は特別メニューなんです。オリジナルカレーを作ってみました!」
特別メニューという言葉に、僕の中の警戒心がぴりっと反応した。だが、彼女の瞳が期待でキラキラしているのを見て、断る理由が浮かばなかった。「じゃあ、それを一つ」と僕は言った。
数分後、テーブルに置かれた皿を見て、僕は言葉を失った。それは真っ白だった。カレーと呼ぶにはあまりに不思議な見た目だ。「これ、何のカレーなんだい?」僕が尋ねると、奥から美香がホイッパーを片手に現れた。「それは秘密です!」と言いながら、満面の笑みを浮かべている。
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僕は皿の上の白いカレーをスプーンで一口すくい、恐る恐る口に運んだ。その瞬間、意外なほど豊かな味わいが広がった。クリームの甘さとスパイスの辛さが絶妙に絡み合い、妙に心地よかった。
「すごく美味しいよ」と僕が言うと、美香は顔を赤らめながら笑った。「良かった!イノベーションって大事ですよね?」
僕は彼女の言葉に頷いた。確かに、何事も変化を恐れず、新しいものに挑戦することが重要だ。たとえそれが白いカレーであっても。
美香と笑い合いながら、その一皿をゆっくり味わった。そのカレーの記憶は、僕に小さな冒険と、新しい味わいを教えてくれたように思う。
店を出る頃には、外の風が少しだけ柔らかく感じられた。その日の昼下がりは、僕にとって特別な時間になった。
自分の設計する建物もこんな風に人の心を温めるものになればいいな、と思った。そして、また来週もこの店に来ようと決めた。その時はどんなカレーに出会えるのか、少しだけ楽しみになりながら。
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