雨と猫とカレー
晴れ渡った夏の日の昼下がり、大阪の天満。商店街を抜けた先にある小さなスパイスカレーのお店「カレーマドンナ」に、彼と彼女は偶然足を踏み入れた。
彼は背が高く、角ばった眼鏡をかけた無口な男だった。いつもは自分の世界に閉じこもりがちで、周囲の喧騒にはほとんど興味を示さない。今日もお気に入りの古びた本を片手に持ち、店内のカウンター席に腰を下ろした。
彼女は、淡いピンクのブラウスにスカートを身にまとい、丸みを帯びた眼鏡越しに静かに周囲を見渡していた。不器用な性格のためか、人と話すのが苦手で、いつも猫のようにひっそりとした存在だった。しかし、この店のスパイスカレーだけは特別で、週に一度はここに足を運んでいた。
店内にはカレーの香りが漂い、窓際の席に座る彼女の目にふと、カウンター席の彼の姿が映った。彼女は、どこか懐かしいような感覚にとらわれた。彼の静かな佇まいが、どこか自分と似ているように思えたのだ。
店員がカレーを運んできた。彼の目の前にはスパイシーな香りが漂うカレーが置かれ、彼はその香りに心地よい満足感を覚えた。一方で、彼女もまた同じカレーを楽しんでいた。彼女はふと、彼の存在を意識しながら、カレーを一口味わった。
彼の目が一瞬、彼女と交差した。お互いに無言のまま、ただその瞬間を共有しただけだった。言葉は要らなかった。二人とも不器用で無口な性格が、自然とその場の静寂を心地よいものにしていた。
日差しが店内に差し込み、猫が店の片隅で静かに丸くなっている。その風景の中で、二人の間にゆっくりとした時間が流れていた。スパイスカレーの温もりが、彼らの心に染み渡るように感じられた。
やがて、彼が立ち上がり、カウンターを去る時、彼女もまた席を立った。店の外に出ると、青空が広がっていた。彼は自転車に鍵をかける彼女に気づき、軽く手を振った。彼女も微笑んで手を振り返した。
二人は言葉を交わさぬまま、同じ道を歩き始めた。カレーの香りがまだ二人の間に漂っているように感じられた。晴れ渡る天満の街並みが、どこか新しい始まりを告げるように光っていた。
こうして、不器用で無口な二人の出会いは、スパイスカレーと共にさわやかに始まった。誰も知らない、静かで温かな物語が、これから少しずつ紡がれていくのだろう。