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間借りカレーと世界の出会い。
秋の気配が少し落ち着いた風がビルの隙間を縫って吹き抜ける。 12時を少し過ぎた頃、僕は職場の近くにある小さな間借りカレー店に向かっていた。ぽつんと佇むその店は、知る人ぞ知る場所だ。外から見る普通の古いビル角の一角に過ぎないが、昼時になるとカレーの香りがふんわりと漂い、人々が静かに列を作る。
店の中はこぢんまりとしていて、木製の長テーブルが一つ、そしてその周りに置かれた数脚の椅子。 カウンター越しに見えるキッチンでは、店主が大きな鍋をかき混ぜながら、リズミカルに香辛料を手にしていた。空間には独特のスパイスの香りが満ち、どこか異国の市場に迷い込んだような錯覚を覚えた。
僕はいつもの席に座る。窓際の少し隅っこにある席。目の前に広がる景色といえば、狭い店内とカレーを待つ客の間だけど、それが心地よい。先に来て待っているのは気が合う同僚でもある彼女だ。人とカレーを食べに来るのは特別だ。
店の片隅、彼女はいつもと同じように落ち着いた様子で座っている。目が合うと、静かに微笑んだ。
そこに目に飛び込んできたのは、一人の女性だった。 黒い肌が陽の光を受けて光っている。 彼女はカウンターの端で、じっとカレーを箸で食べていた。 彼女の動作は美しく、無駄がない。カレーを箸で食べるという行為自体が一般にはあまり無く、少しばかり目立った。彼女は丁寧にカレーとライスをすくい、それを静かに口元に運んでいる。その様子はまるで何かの議事進行のようで、僕はしばらくその光景に釘付けになった。
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「カレーを箸で食べる人、初めて見たね」と僕が小さな声で呟くと、彼女も視線をその女性に向けた。
「うん、珍しいよね。でも、なんか、いい感じ。食べてる感じがきれい」と彼女は小さな声で応じた。
スパイスがしっかり入った香りが、鼻腔を刺激する。どこか自分の食べ方も意識してしまう。
「でもさ、カレーって本当、どこで食べるかで味が変わるよな」と僕が言うと、彼女は小さく笑っていた。こんなお店で食べるカレーは、全然違うね。と、微笑みながら語る。
「スパイスもそうだけど、店の空気とか、音とか、そういうものがあったんだろうな」
彼女が微笑む。その笑顔は、秋の穏やかな日差しと同じような優しさを含んでいた。
「この店、いいよね。小さいけど、落ち着く」
僕たちは少しずつ言葉を交わしながら、静かにカレーを堪能した。 カレーの味、スパイスの香り、そして店の小さな空間。 すべてが絡み合い、今この瞬間だけが特別なものに感じられる。
僕は、再び彼女とカレーを箸で食べる彼女の姿を見つめていた。その光景が、意外にも、この店の雰囲気と見事に調和していた。