見出し画像

肥後橋でスリランカの混沌と自由

肥後橋の駅を降り、人気のスリランカカレーの店へと向かう道すがら、僕はなんとなく胸の奥が軽やかになっているのを感じていた。建築設計の締め切りに追われる日々が続いていたが、今日は少しだけ自分を解放するための時間だ。目的地に着くと、既に彼女が店の前で待っていた。スリランカ帰りののカレー友達——名前は由梨。

「お疲れさま、待たせちゃった?」 「いや、僕も今着いたところさ。」

彼女はカジュアルな服装ながらも、どこかエキゾチックな雰囲気をまとっている。スリランカで過ごした時間が、彼女の仕草や表情に染み込んでいるのだろう。店内に入ると、香辛料の香りが鼻をくすぐり、一瞬で異国へと連れて行かれるような感覚を覚えた。

席に案内されると、由梨がメニューを指差しながら目を輝かせて説明を始める。

スリランカ帰りの由梨

「ここはね、本場スリランカの家庭料理を再現してるの。だから、スリランカカレーと日本のスパイスカレーの違いを感じられると思うよ。」

スリランカカレーは、一つの皿に多種多様な料理が並び、それぞれが独立しつつも、全体で一つの調和を生むという。日本のスパイスカレーは、もっとひとつの味に統合されたものが多いらしい。由梨はその微妙な違いを語りながら、スリランカの食卓で見た風景を生き生きと再現してみせる。

「向こうではね、どの料理も混ぜて食べるのが普通なの。全然違う味が混ざり合うと、まるで新しい音楽みたいに味覚が踊るんだ。」

いろいろ混ぜてスリランカカレー

彼女の話を聞きながら、僕は無意識に頭の中でまたジェフリーバワの建築を思い浮かべていた。彼の設計する空間には、内と外の境界が溶け合うような流麗さがある。まるでスリランカカレーがそれぞれの要素を溶かし込んで調和を生むように、彼の建築もまた、一つの統一された体験を作り出すのだ。

やがて料理が運ばれてくると、色とりどりのカレーや副菜が皿の上に美しく並べられていた。由梨が示すとおり、一口ごとに異なる味を試し、最後は全てを混ぜて食べる。スパイスの複雑な調和が、舌の上で踊り始めた。

「ね、どう?」 「本当に音楽みたいだよ。この一皿でスリランカが感じられる。」

僕はカレーを味わいながら、ふと、ここ数年の自分の生活がいかに単調だったかを思い出していた。建築家としての仕事は確かに充実感を与えてくれるが、こうして異国の文化や味に触れる時間が、自分に新しい視点を与えてくれることを忘れていた。

食事が終わる頃には、店内のスパイスの香りがますます濃く感じられるようになっていた。由梨がふと窓の外を見ながら、ぽつりと言った。

「スリランカって、すごく自由な場所なんだよね。何もかもが流れるようで、縛られてない感じがする。」

その言葉に、僕は頷きながらも心の中で少し笑っていた。建築家として、常に形や構造に囚われている自分とは対照的だと感じたからだ。

だが、彼女との時間は、そんな僕の頑なさを少しだけ溶かしてくれた気がした。帰り道、肥後橋の夜景を眺めながら、僕はふと思った。この日常の片隅にも、自由と調和の美しさが隠れているのかもしれない、と。


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集