竹美映画評62 ボリウッドのアルジュン・カプール問題『Ek Villain Returns』(インド、2022年)
印象的な主題歌『Galiyaan』で知られるサスペンス映画『Ek Villain』…を観たのではなくて、その続編『Ek Villain Returns』をNetflixで観た。
ジョン・エイブラハムとアルジュン・カプールという、マッチョ中堅とガチムチ中堅の二人の男優を中心に据えて、ヒロインが若干浅く描かれているセクシーミステリー。ボリウッドらしい映画かと思う。
あらすじ…若手人気歌手のアーヴィ(タラ・スタリア)が住むマンションに暴漢が侵入、友人たちを惨殺、彼女は行方不明となる。少し時間は遡り、御曹司ゴータム(アルジュン・カプール)は素行が悪く家から勘当される。遊び歩く中で歌手のアーヴィと出会い一緒に行動するようになる。
一方、高級アパレルで働くラシカ(ディーシャ・パータニ)は、自分に好意を寄せるタクシー運転手のバイラフ(ジョン・エイブラハム)と親しくなる。デートを重ねる中でラシカは突如凶暴性を発揮し、バイラフを精神的に圧迫するようになる。
男性二人によるアクションと喧嘩に比重があるかのようなストーリ―展開。エイブラハムの方はマッチョ俳優の一人だし、Aカプールの方は何となくムチムチしていて肉体の存在感を無視できない。二人が付き合っちゃえば丸く収まる系の映画。あまりに女性二人の存在感がない!ラシカの方はビッチ度で多少アピールしてくるが、実はそれも…。
エイブラハムの方はいい感じで枯れて来たおかげで演技力の方に目が行くような気がして、悪役(Villain)を楽しんで演じている余裕を感じた。筋肉が少ない方がいいと思うんだけどな。
一方のAカプは、あの暗い目と表情が、ひねくれた孤独な財閥の御曹司というキャラクターにやばいほどハマっていた。彼は大物ボリウッド俳優たちの中でも、「身内びいき」の象徴のような存在だ。ボリウッドの大物たちに囲まれて育ち、恐らくそれゆえのつらさもデビューより前から味わって来た人だと思う。ボリウッドの闇を一人でしょっているかのような暗い顔をしている。摂食障害になっていた過去もあるらしい。どんなに明るく振る舞っても、取り巻きが帰った後は陰気な顔で一人寂しそうにしてそうなの!本作では、愛を知らぬが故に、アーヴィにとんでもないいたずらを仕掛け、本気で嫌われてしまう役。それがなんかこう、致命的なの。セラピーか何かなのかな…、
本作、派手なアクションシーンは要らなかったんじゃないかと思うんだな。心理サスペンスにとって無駄で余計だったと思う。エイブラハムのマッチョな身体を活かすのは、エロティックなシーンだけで十分だった。Aカプが脱ぐシーンは一切ないし。しかし、ヒーロータイプの俳優二人を対決させる以上、アクションシーンを入れ込まなければこの種の映画の商業性を担保できないと、製作側は判断したのかもしれない。しかし、ボリウッドの観客はもうちょっと先を行っているのではあるまいか…と、昨今のボリウッド凋落?のムードを観ると、思うのだった。
また、Aカプがヒーローなのだとして読んでいくと、ゴータムの心の薄っぺらさの処理があと一歩な感じ。結末に触れざるを得ないんだけど、Aカプは、前半でアーヴィにとんでもないいたずらをして彼女を傷つける。そうせずにはいられない、天邪鬼なボンボンみたいな人って…いるのよね。しかしその後、(幼稚な男あるあるなのだと思われるが)彼女に対して惨めったらしく「I love you」と言って泣きつくのだ。アーヴィはそれを許すのか、許さないのか。そこのシーンを頭の中でどうつなげるかによっては、彼のようなヒーロータイプのスたー俳優が主演する映画としては、新しい「アンラブストーリー」の萌芽なのかもしれない。ゴータムは、最後の方で「たとえ自分が愛を返してもらえずとも、自分が相手を大事に思うことが愛だ」というような殊勝なことを言っている。それまでの彼の愛というのは、一方的で、相手は自分とは違う人間なんだという感覚が欠けていた。ワルを気取っても寂しさを埋めて欲しかっただけなんだという未熟さが露呈してしまうんだな。平気で人を傷つけてしまう。が、元々は女を手に入れるなんてちょろいぜ位に思っていたくせに、色々あった挙句、自分は愛されなくても構わないから、その人をどうしても助けたいしピンチに陥っているのなら守りたい、というニュアンスに変わっている。まー年齢考えたらそうなるよなー。
ラストにおいても、ゴータムとアーヴィが本当によりを戻したと言えるかどうか、曖昧な感じにも読めた。この種の男が自省することは少ない。またインドの男に恋愛対象との付き合い方について自省を促す文化的装置は、この種の娯楽映画の中ではお目にかかることは少ない。が、彼が遠くから彼女を見つめ、見守る存在になったのだとしたら、中の人であるAカプ自身の背負っている何か暗いものを振り払う一つのやり方のようにも思える。
彼のことは誰かしら心配してるんだろうなという気がします…。
アクション映画としては、「うわっ今どきこんなアクション、テルグ映画だけなのかと思っていたら違ったんだッ車が吹っ飛んで爆発しているッ」「人がジャンプして隣のビルに突っ込んでいるッ」「虎を睨んで尻込みさせるなんてNT〇jrかよ!!!」と思わせる、いわば漫画展開が多い。ちょっと無理のある展開も相まって、どうして今これをボリウッドでやっちゃったんだろうか?という不思議な気がする映画でもあった。
尚、金持ち層へのやっかみが読めなくもないものの、観客にとっては、彼らのことがさほど羨ましくなくなってきているんじゃないかという気もして(皆の所得水準が上昇しているから)、華やかなような、手が届きそうなような、妙な感じだった。バブル期の日本の若者感もあるのだ。或いは、2000年代の韓流ドラマ感か。
今回のエイブラハムは中年おやじで冴えない。キャップを被って、同僚の車借りて副業でタクシーの運転手だよ(脱ぐと凄いんだけど)。そこが偉い。尚、彼のお相手となるラシカ(いい顔だけど、シュラッダー・カプールに似たあの人って感じに収まったらもったいない。一時期のテリーサ・パーマーがクリステン・スチュアートと並んだらダメなのと似た状況!)はもうちょっと若い。
ちなみにゴータムがアーヴィに「34歳ならまだ若いよ」と言っている辺り、ゴータムも同世代と思われる。…30代半ばであんな拗ねた御曹司とか演じちゃうの、大丈夫なのか。ヒーロー役だけどむしろ嫌われるんじゃ…。彼のセリフ、あんたそれ自分に言ってるんじゃないでしょうね…と思うようなところがあって、Aカプの心境が知りたい。役柄であっても「嫌われる」ことを引き受けられるかどうか。
個人的にはAカプは見た目が好きだし、ヒット作があんまりないけどちょっと頑張って欲しいんだな。まんまガチムチ陰キャなんだから、是非ガチムチ陰キャ役をやって欲しいのだ!!つまらんヒーロー映画なんかに出てる場合じゃないぞッ!!彼には、低予算でインド男のねじくれたところをこれでもかと見せつけるような痛々しい映画に出て欲しい。誰にも共感してもらえないような惨めだが残念な男を演じれば、ゴータムのように守られたところから外に飛び出し、俳優として何がやりたいか(或いはやりたくないのか)が見つかるんじゃないかと思う。だけどなぁ…。カラン・ジョハルに可愛がってもらってるばかりじゃダメよ!
映画の筋はほとんどどうでもいい気がして来た。Aカプの見た目が好きなのと、エイブラハムのヌメッとしたエロさのおかげで観れた映画だっ!
カプ以外にあの役はできなかった…っていうか役が彼を食っちゃったように見える。演技しているように見えなくてそれが致命的だった。何だか本人こういう人なんじゃないかって気もする。そういう風に、Aカプは何かちょっと見ている方が心配になって来る感じで、対するエイブラハムの余裕が強調されていて、変な映画だった。あとから見直したらもっと変な映画だと思う。
パート1も観たらいいのかなぁ…。優男っぽいのが出て来て、ボリウッドのハ・ジウォン(不幸女優の鑑)、シュラッダー・カプールが主演だから、そっちは何か違和感なく観られそうなんだな。
ダンスだけでなく、歌まで上手いシュラッダー・カプール。きれいなのになぜか不幸感すごい。『ストリー』で既に悪鬼役はやったのでハ・ジウォン、ブレイク・ライブリー、アナ・ケンドリック辺の不幸幽霊不思議枠の帝王、木村多江に挑戦するのだ…。