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映画メモ 10月3週目

2週目は疲労が強く、映画を観ても途中で止めてしまったりしたので無し。

少し元気になったので観てみた。

①Udal:マラヤーラム版『ドント・ブリーズ』からケララ社会を読む←💛💛
②Badshahi Angti:サタジット・レイ原作の探偵映画は腐葉土の香り←💛💛💛

①Udal(2022年、インド・マラヤーラム語)

https://www.youtube.com/watch?v=-iXsq4J-TwE

あらすじ:コロナ禍のケララ州。田舎で寝たきりの義母の介護をさせられているシャイニー(ドゥルガー・クリシュナ)は、町で働くという口実で家にいない夫にも、田舎暮らしにも不満でいっぱいで、不倫相手で無職の男キランとの逢瀬だけが息抜き。ある日息子を夫の元に預け、いつも通り、真夜中に家でキランと会うシャイニーは、キランに義母殺害を決行しようと持ち掛ける。

インドの安藤サクラのインパクト大の前半。後半は…
本作は、誰に感情移入したらよいのか分からない緊張感と不安定さに溢れるスリラー映画。驚きの展開により、途中で浮かぶ疑問「この家ってそんなに大きくないし廊下は一つしかないのに、別の部屋で何かしてたら聞こえるし、そもそもどこに隠れるの?」が打ち消される。

特に凄いのがシャイニーを演じたドゥルガー・クリシュナ。二人の神様の名前を冠した名前もインパクト大だが顔がすごい。仕事を諦め、いやいや夫の実家で暮らしている彼女の死んだ顔が最高。キランに文句を垂れるシーンの目、右と左の目の位置が奇妙で怖い。

電話でこっそりと彼氏のキランと話すときのいきいきした様子と、義父や夫、お手伝いの男や介護士と話すときの落差がすごいし、後半、義母殺害を企てる辺りからの暴走ぶり、そして血に塗れた修羅の形相に驚愕。今日本でやるなら安藤サクラだなと思った。

対する義父を演じたIndransは、有名なコメディ俳優だった模様。

妻を愛するが内面が全く読めない人物を最後まで面白く、恐ろしく演じている。

マラヤーラム版『ドント・ブリーズ』な後半
『ドント・ブリーズ』(2016年)において描かれたアメリカの社会的背景との比較も面白いだろう。

貧困化が急速に進む中、若造が犯罪(日本の闇バイトにそっくりだ)で金稼いでカリフォルニアに高跳びして幸せになるぜという浅はかな夢をみるが、元軍人でアメリカ国家の肥やしになった老人に返り討ちに遭うのが異様に面白い。

浅はかな若造、盲目の老人のどちらの側にも感情移入しにくいからだ。

本作でも、いったい誰に感情移入したらいいのか分からない匙加減が異様で、最後変な気分になる。

これはシャイニーの自業自得だと言っているようでもあり、社会システムが悪いと言っているようでもあるが断言していない。

キャスティングが上手い。特に最後に登場するシャイニーの夫がダメ押し。嗚呼なるほど…。

人を煙に巻くのが上手いのがマラヤーラム映画だ。

ケララ・モデル下で起きている現実

ケララ・モデルとは、低収入に比べて驚かれる程教育レベルと健康レベルが高い社会を実現したケララ州の施策に与えられた称号である。

ケララ州は、インドの中では例外的に乳児死亡率や出産時の女性の死亡率が低い、女性含め識字率が高い、ベッド数が多い等の進んだ保健・教育政策で知られている州だ。出生率も低い。

しかし、保健施策が進み、出生率の低い地域では高齢化社会が到来する。

マラヤーラム映画を観ていると、他の州の映画に比べ、寝たきり老人や動けない家族の世話をするシーンが多いような気がする。

事故物件の家で母と息子がにらみ合う『Bhoothakaalam』では、母親は自分の母を看取って疲れ果てているし、『ジャパン・ロボット』では、息子と父親の間でケアの問題を巡り葛藤がある。『Ullozhukku』では、病気持ちであることを知らされないまま結婚させられた妻が夫の介護をしている。

人のケアをする施策があるということはつまり、家族が人のケアをやらなければならないということでもあるのだということを突き付けている。

また、ちょっとGoogleで検索すると、高齢化のリスク、高い教育レベルに比べて若者の失業率が高いこと(本作のキランも、『Bhoothakaalam』のヴィヌもそうだが、若い男達が仕事もなくたむろしている)等が指摘されていて、のんびりして美しいようなケララ、また共産党政権下で進んだ様々な施策、母系制社会の名残など、何となく外から見て「よさそう」に思えることが、実際はどうなのかと考えさせられた。

上記統計によれば、ケララ州の失業率は8.8%でトップ10に入っている。他の州が離島や山中、開発の進んでいない地域であるのに比べると特徴的だ。

また、若い人の失業率に関しては全国で最も悪いとのこと。

これが、湾岸地域への出稼ぎ率を押し上げてもいるのだろうし、『ジャパン・ロボット』で、父親の世話のためにケララ州を出られず仕事の無い主人公の状況も見えていた。日本でも介護離職がよくあることを考えれば納得だが。

②Badshahi Angti(2014年、インド・ベンガル語)

あらすじ
自称名探偵のフェルダは、甥のタペシュ、その父親と一緒にラクナウの親戚に会いに行く。そこで、友人から遺された貴重な指輪を預かってほしいと、近所の医師が親戚の家にやってくる。翌日皆が家に帰ると指輪が盗まれていることが判明。ヘビ集めが趣味の老人、指輪を遺した男の息子、怪しい修行僧…一体誰が指輪を盗んだのか。フェルダはタペシュと共に調査を開始する。

サタジット・レイ原作の探偵小説映画
ベンガル映画のみならずインド映画を代表する監督、サタジット・レイは小説も多く書き残している。本作はその中でも有名な探偵フェルダもの。昔人気シリーズだったそうで、新しくAbir Chatterjeeを主役にしてリブートした作品とのこと。

Abir Chatterjeeは別のベンガルで人気の探偵もの、Byomkesh Bakshiのシリーズで探偵役をやっている。

Abir Chatterjeeは、甘い顔だがどことなく危険な香りも漂う俳優。印パ分離直後、印パ国境の真上にある売春宿を舞台にした大作で、錚々たるベンガルの俳優が出演した作品『Rajkahini』ではひどく情けない男の役を演じた。

※この作品も凄い。

女っ気なしの腐葉土空間をどうぞ
サブストーリーにすぎないが、甥のタペシュがフェルダを尊敬の眼差しで見つめるところがほのぼの…を越えて少し腐葉土の感じがする。

フェルダは冷静沈着、硬派の男で、女っ気が全くない。そもそも既婚なのか、興味あるのかすら分からない。家族主義を超越したキャラクターなのだろう。

謎解きシーンもいいし、最後、真犯人に謎解きを聞かせるシーンでの、偉そうな、訳知り顔のフェルダは目がギラギラ。優しい顔つきのようでひどく冷たい顔をしているAbir Chatterjeeの本領が発揮される。

最後、事件を解決し、タペシュを助け、協力者と訳知り顔で語り合う様子に腐葉土の芳醇な香りが漂っていたが、ラストカットでやられた。

気絶していたタペシュが目覚める。フェルダの姿を探すタペシュの目に、少し離れた場所に立ち、問題の指輪をはめたフェルダの姿が映る。

指輪をキラキラ反射させるフェルダが、最後カメラ目線でキメ顔をするのだ。

これでAbir Chatterjeeに惚れない人いないでしょという外連味たっぷりの演出だ。

甥のタペシュはこれで恋に落ちたと思うわ…。

本作には女の人が一人も出てこない。列車に乗り合わせた隣の席の女が映っただけ。ここまで徹底して男しかいない映画も珍しい。

なお、本作はラクナウから北部インドを巡る旅映画としても楽しい。いろんな遺跡を周り、説明を聞き、美味しいご飯を食べ…そう、まるで日本の『湯けむり温泉殺人事件』みたいな昭和のほのぼの感が漂っており、懐かしくも感じた。また、北部インドに行ってみたい!と思わされた。怖いけど。

今回は二作品のみ。来週末はディワリの祝日で、大作公開が目白押し。お楽しみに。

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