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焚き火を愛し過ぎた男

令和に入り、暗闇に揺れる炎に心を奪われてしまう男が続出しているようだ。
それを理解し難い女が多数いるようなので、私が焚き火を愛し過ぎた男の事を少し教えようと思う。

先週末の夜に、数人の友人を焚き火に誘った。
焚き火を愛し過ぎた男も居れば、焚き火に初めて触れる男もいた。

21:00を過ぎた頃、続々とキャンプ場へと集まる。
私はもちろん1番乗りだ。
この日のキャンプ場は江井ヶ島キャンプ場。30歩もいけば海に足をつけることの出来る砂浜のキャンプ場だ。

まずは車のトランクに乗せてある荷物を下ろす。
そして最高の時間を過ごす場所を見定めるのだ。

場所が決まれば既に焚き火は始まっている。いや、家を出た瞬間、いや、朝起きた瞬間から既に始まっていたのかもしれない。

男達は黙々と準備を始める。
まずはお気に入りのチェアーを据える。低過ぎず高過ぎず、自分のスタイルにぴったりのチェアー。
据えると1度座ってみる。これはまるで静かなBarのソファーのソレだ。笑みが溢れそうになるのをグッと堪え、準備を進める。

次に焚き火台。数ある焚き火台の中から選んだ私の相棒。Colemanのファイアーディスク。
「美しい。」前回の焚き火で煤が着き、黒くなってしまったファイアーディスクの頬を指で拭いながら自然と口に出てしまった言葉だ。

チェアーから手の届く距離にこだわりの焚き火台を据える。
もう1度チェアーに座り、焚き火台の位置をしっかりと確認する。うん、良い。

そしてお気に入りの斧を徐ろに取り出し、薪に向かって勢いよく振り下ろす。カラン。
気分は髭モジャのドワーフである。
大量の薪を割りながら、長い長い最高の時間への期待を膨らませるのだ。

しかしこれで終わりではない。
割った薪をさらにナイフを使い細く割っていく。
バトニングと呼ばれる作業だ。
太い薪、細い薪、極細の薪を用意する。
この時男達は無口になる。なんとも男らしい時間だ。
無言こそ男の最高の会話なのだ。

そして準備の最終段階を迎える。

バトニングが終わり、男達はそれぞれ自分の焚き火台の上で薪を組む。これには個性が表れる。最初の薪は火にとって赤ちゃんの眠るベビーベッドの様なものだ。丁寧に丁寧に組む。
そして組まれた薪にこれから火を付けるのだ。
準備を終えた私はタバコの煙を燻らせながらチェアーで一息つく。ザザーっと鳴る波の音に紛れて、誰かの喉がゴクリ、と鳴った。


火の付け方も人それぞれだ。
ライター、マッチ、バーナー、ファイアースターター、火打ち石を使う猛者もいるほどだ。
私は友人から5分間燃え続けるマッチを1本もらった。
これは便利だ。

シュッ!!

小さな火が暗闇を照らす。

「はじめまちて、やっと会えまちたね。」

「こんにちは、おチビちゃん」

「よしよし、がんばったねぇずっと会いたかったよ」

焚き火を愛し過ぎた男達は自らの火に言葉を掛ける。
初めて焚き火に触れる男達は生まれたばかりの火に困惑している。

マッチから始まった小さな小さな生まれたての火を今から育ててゆくのだ。

バトニング済みの極細に割った薪は赤ちゃんにとって口当たりのなめらかなミルクだ。
このミルクを少しずつタイミングよく焚べていく。
そうして小さな小さな火は成長していくのだ。

先程まで赤ちゃんだった火はみるみる成長を遂げ、細い薪(離乳食)を燃やせるほどになる。

ここで、焚き火に初めて触れる男アキラの1人息子が息絶えた。

「マキスケっ!!!」

まだ安心してはいけないのだ。
この段階の火は油断し、目を離すと消えてしまう。

私達はアキラの消えてしまった焚き火に静かに手を合わせる。
だが今は、自分の息子を守る事で精一杯なのだ。
涙を堪え、また1からバトニングをするアキラにかける言葉は見つからなかった。

少しずつ成長した私の息子は、私の顔を見つめ
「パパ、遊んで欲しいよ」と訴えかけてくる。
ここで火吹き棒の登場だ。
火吹き棒で遊んでやると真っ赤になって喜んでいる。
可愛いやつだ。グッと火力も上がり、薪を割らずともそのまま焚べる事が出来る様になった。

ここまで息子達が成長してくれると、親の私達も子育てから解放され、会話が弾みだす。コーヒーを淹れだす男もいればラーメンを作る男。じゃがバターを作る男もいた。

火が弱まるとまた薪を足し、後はタバコやコーヒー、楽器を鳴らしたりと優雅な時間が流れるのだ。
ここまで来ると焚き火に初めて触れる男達はもう焚き火の虜になっている。

パチパチと元気に燃える息子達は勇ましく優雅で誇り高い。木の香りと磯の香りが交互に鼻を抜ける。

この時間がなにより至福なのだ。

時間がゆっくりと流れ、非日常を感じる。
原始に戻るのだ。
得体の知れない暗闇からの解放。
なにより猛獣達に襲われる心配がない。
古来より人間は火が大好きなのだ。

時計を見ると時刻は3:00amを指している。
最後の薪を息子に与え、火吹き棒で空気を吹きかける。それぞれの焚き火台の火を1つにまとめ、その1つの火を全員で囲む。
話もかなりディープな所へと迷い込んでいる。

炭がキラキラと赤い点滅を見せ、蛍のようだ。

「お父さん。短い間ですがお世話になりました。あなたが私に向ける優しい眼差しが大好きでした。あなたの焚べてくれる薪が大好きでした。ありがとう。」

そう聞こえた気がした。

赤く、弱い蛍の光が私達に焚き火の終わりを告げる。

男達の表情はとても軽く、疲れなどない。むしろ毒が抜けて良い顔になっている。

顔に残った火照り、煙に燻され、服と髪に染み付いた煙臭さと共に男達は日常へとそれぞれ帰ってゆく。

こうして焚き火を愛し過ぎた男、いや、燻製男が増えてゆくのだ。

焚き火を愛す男が1人でも増えますように。

     兵庫炎煙会ゆらり  相談役 髙田

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