見出し画像

連続小説:部下を持つ 23

議論は1時間近く続き、濃淡バラバラ10の意見が出た。その中から、立川産業の社員が苦労している昼食問題をテーマにすることにした。これは、自らも日々の昼食問題に頭を悩ませる東口が提案したものだ。
具体的にはこうだ。
立川産業の社屋は新宿西口にある。新宿西口には、ここ数年で多くの企業が移転してきており、それを目当てに出店してくる飲食店も多かった。しかし大家側はさらに上手を行った。新規出店舗を狙い飲食店全体の家賃が高騰したのだ。そのため旧来からある店の中には、高い家賃に根を上げ店をたたむことも珍しくなかった。結果的に飲食店の数は増えることは無く、社食の無い立川産業の社員は、毎日の昼食を確保するのに四苦八苦。結果、新宿北口から大久保方面まで遠征する社員も少なくない。
一方、新宿北口・大久保エリアはというと、需要と供給のバランスが西口とは逆転していた。すなわち、サラリーマンの数に比べ飲食店が多く、飲食店側が客を集めるのに苦労していた。
「グループワークでは、北口から大久保エリアで立川産業の社員が使えるクーポンのようなものを考えてもらうのはいかがでしょうか。」
東口の提案に一同の顔がほころんだ。
「我々の切実な問題を解決しようという魂胆ですね」
伊丹がニヤリと口を挟む。
「どの飲食店がこの話に乗ってくるかを自分たちで考えてもらいます。テレアポをして訪問して、オーナーと話を付けてくるところまでやらないといけませんので、結果まで出すことを考えると1日のメニューとしては恐らく時間が足りないかもしれませんが・・・。」
「社員とお店がWin―Winとなるストーリーができれば成功だな、面白そうだね。もっと詳細を詰めてもらえるかな」
東口は、山田からの指示で、その日のうちに企画作りに取り掛かった。

内定者研修と称した惹きつけ策は、9月の初旬に実施された。25名の内定者は、関東以外に住む者を含め全員が集合し、開始前から明るい笑い声が会議室に満ちていた。
「というわけで、皆さんには立川産業割引き、略して立川割りを獲得してきてもらいます!」
一通り研修内容の説明を終え、東口は声高らかに、用意していた言葉で締めた。
内定者は、これまで聞いたこともないグループワークに驚き、そして「そうきたか!」と感心した。
内定者は、5名ずつ5グループに分けられた。現在の時刻は午前10:00。終了は夕方18:00を予定している。まさに1日がかりのグループワークである。内定者は、全員が長丁場になることを覚悟していたが、どこから手を付ければよいか考えあぐねている者が大半だった。
5分くらいたったころだろうか、あるチームが、自分たちはどんな割引内容だったら利用するかという観点で話始めたのを皮切りに、横で聞いていた他のチームも「手段」について話し始めた。具体的には、ランチに飲み物を付けてもらおうとか、ポイントカードを作り10回でランチ無料はどうか、といった感じだ。内定者たちは、これまで自らが飲食店などで経験したサービス内容を頼りに、いくつもの案を楽しそうに出し合った。
新卒採用チームの面々は、内定者たちがワイワイ楽しく議論する様子に、以前山田から指摘された自分たちの姿を見た思いがした。しばらくして東口が議論を制する。
「ちょっと待ってください。皆さんはいきなり手段について話し始めていますが、どのお店が皆さんのプランに乗ってくるかイメージが沸いていますか?」
「・・・・」
「チームメンバー全員が同じ方向性を向いていないと、今日のうちにアポ取りして、オーナーのところに辿り着けないです。もし仮にオーナーが会ってくれたとしても一方的な提案では聞いてくれませんよ」
東口は上から目線で内定者にアドバイスをした。しかし内定者には、東口が言わんとしていることが理解できなかった。ざわつきはするものの、残念ながら東口の発言で内定者たちの行動が変わったわけではなかった。
つづく・・

❒コラム
来年4月から雇用保険法が変更され、厚労省指定の講座を受けるなどを条件に、自己都合退職でもすぐに失業保険を受給できるようになります。この件について企業の皆様にはすでに私の見解を申し上げていますが、今日は労働者目線からコメントします。
最近、転職なら○○というように、人材紹介会社の広告が溢れています。転職が当たり前の時代となったと言われるのには、これらの広告の効果もあるかもしれません。しかし、このような時流だからこそ私は無職期間を伴う転職をお勧めしません。なぜなら、いくら離職期間に勉強に励もうとも、離職期間がある人を企業は採用したがらないからです。
また、これだけ人手不足が定着しIT技術で人の仕事を賄おうとしている流れの中で、いまさら知識中心の勉強をした人を採用したい企業はますます減ってきます。
そうはいっても転職希望者は増加の一途。であれば、採るべき行動は今の会社に留まること。周りは辞めていく。心細くもなり、不安になるかもしれません。でも考えてみてください。人手不足の中、周りが辞めていく中で会社に留まれば、それだけで会社の評価は相対的に上がるわけです。辞めないだけで評価される時代です。
もし目先を変えたいなら社内で異動希望を出せばよい。もしくは休日や夜間、そして通勤時間を利用して新しいことを学べばよいのです。
先日電車の中でお年寄り同士がこんな話をしていました。
「私は74になるけどまだ働いているの。働けているのは、辞めなかったから。もし辞めてたら私なんか雇ってくれる会社は無いもの」
辞めないだけで、いや辞めないからこそ評価される時代です。

いいなと思ったら応援しよう!