投球障害肩のリスクファクター
投球障害肩とは
文字の通り、繰り返しの投球動作によって、肩関節に痛みや違和感を覚える状態のことです。
野球というスポーツにおいて、肩肘の怪我が起こりやすいのは容易に想像できるかと思います。
過去の研究でも、高校野球において
1000 Athlete Exposures (AE) あたり2.8件 (Powellら,1999)
1000 AE あたり1.7件 (Krajnikら,2010)
また、
若い投手において32%が肩関節に痛みを感じたことがある (Lymanら,2005)
などの報告があり、投球障害肩は野球選手において最も気をつけなくてはいけない怪我の一つと言えるでしょう。
投球障害肩は、足首の捻挫のように、一回の動作で生じることなく、不良な投球フォームや、機能不全を有した状態で投球を繰り返すことによって生じます。
つまり、予防・治療のどちらにせよ、全身の機能を評価し、機能不全に対して適切にアプローチしていくことが重要なのです。
肩関節の理学所見11項目(原テスト)
投球障害肩の機能評価として、臨床上用いられている項目をあげてみます。
これらの理学所見11項目は、原正文医師によって考案され、投球障害肩からの競技復帰や投球障害肩の予防のための目安になるものです。
1. Scapula Spine Distance (SSD)
左右の肩甲骨のアライメントの確認です。
単純な距離も参考になりますが、視診することで、肩甲骨がどう変位してしまっているのか、上方回旋あるいは下方回旋しているのか、さらに内旋が入って所謂wingingのようになってしまっているのかなど、様々な情報を得ることが可能です。
(方法)
肩甲骨肩甲棘基部内側と脊椎棘突起の間の距離を比較し、左右差が1cm以上あるものを異常とします。
2. Combined Abduction Test (CAT)
肩甲上腕関節の外転可動域をみる検査です。肩関節後方のタイトネスが関わってきます。
肩甲上腕関節の正常外転可動域は120°なので、それを参考に左右比較しながらチェックしていきます。
(方法)
仰臥位にて、検者が徒手的に肩甲骨を固定して他動的に上肢を外転させていきます。可動域制限がみられたものを異常とします。
3. Horizontal Flexion Test (HFT)/ Horizontal Abduction Test (HAT)
肩甲上腕関節の水平内転(水平屈曲)可動域をみる検査です。これも肩関節後方のタイトネスが関与します。
インピンジメントや肩鎖関節に痛みがある場合、疼痛を誘発する場合があるので注意が必要です。ただ、このテストでインピンジメントを誘発しているということは少なからず後方のタイトネスが関与している可能性が高いとも考えられます。
(方法)
仰臥位にて、検者が徒手的に肩甲骨を固定して他動的に上肢を水平屈曲していきます。可動域制限がみられたものを異常とします。
肘が身体の正中線を超えるかどうかを目安に左右差を見ていきます。
体格によっては軟部組織の衝突での可動域制限も見られるので、どの可動域検査にも言えますが最終域感を感じながら判断が大切です。
4. 下垂時内旋筋力テスト
肩甲下筋(SSC)を含む筋力の検査です。痛みの出現や脱力感などを確認します。
1stポジションでの筋力検査は大胸筋の代償が働きやすいので注意が必要です。
過去の研究では、Lift Off Testや2ndポジションでの内旋だと、大胸筋の活動は低下するが広背筋による代償が生まれやすく、Belly press testだと大胸筋の筋活動は低下するが三角筋による代償が生じやすいとの報告もあります。
それぞれの特徴を理解しつつ、評価そしてエクササイズに展開していく必要がありますね。
(方法)
立位または座位にて、下垂位肘関節90度、内外旋中間位で行います。検者は前腕遠位に外旋方向に徒手で抵抗をかけていきます。MMT5未満を異常とし、左右差も検討します。
5. 下垂時外旋筋力テスト
棘下筋(ISP)を含む筋力の検査です。肩関節外転による代償が入らないように注意して行います。
エクササイズの際は、脇にタオルを挟むなど内転方向に力を入れさせると代償を防げます。
(方法)
立位または座位にて、下垂位肘関節90度、内外旋中間位で行います。検者は前腕遠位にて内旋方向に徒手で抵抗をかけていきます。MMT5未満を異常とし、左右差も検討します。
6. 初期外転筋力テスト
棘上筋(SSP)を含む筋力の検査です。
棘上筋の検査として、代表的なものにEmpty Can testとFull Can testがあります。
・Empty Can
立位または座位にて、肩甲骨面上で45°挙上内旋位(Thumb down)。
検者は前腕遠位にて徒手抵抗をかけます。
筋力低下、脱力があれば異常です。
・Full Can
立位または座位にて、肩甲骨面上で45°挙上外旋位(Thumb up)。
検者は前腕遠位にて徒手抵抗をかけます。
筋力低下、脱力があれば異常です。
過去の研究では、棘上筋の活動は両テスト間に有意な差はなく、Full Canの方がEmpty Canよりも三角筋後部線維の活動が低いとされています。
ただ、Full Canでは上腕二頭筋の活動が入るため、上腕二頭筋長頭腱炎、SLAP損傷などで疼痛が誘発される可能性もあります。
また、肩甲骨の動きに着目すると、Empty Canの場合、肩甲骨は内旋・前傾が生じ、棘上筋が通過する部分が狭くなってしまいます。
そのため肩峰下でインピンジメントが起こっている場合は、Empty Canでは疼痛を誘発してしまう可能性もあります。
状況に応じて、両テストから情報を得た方が良いでしょう。
7. Elbow Push Test (EPT)
前鋸筋を含む筋力の検査になります。
先に述べた、SSPやISPの検査で、肩甲骨を支持すると脱力感がなくなったり、筋力が向上することがあります。
その場合、肩甲骨を安定させる機能が障害されており、リハビリのターゲットは肩甲骨周囲になります。
ここでは肩甲骨の安定性とともに、腹斜筋を含む体幹の機能評価も同時に検査していきます。
体幹が不安定の場合、前鋸筋を始めとする肩甲骨周囲の筋力が正常でも、土台の体幹が不安定なため筋出力が出ない場合があります。
EETではその腹斜筋-前鋸筋のラインを複合的にチェックします。
ここで異常所見が見られた場合は、体幹の機能について細かくチェックして行く必要があります。
(方法)
ベット上に座位にて腕を組むように、肘関節90度屈曲位・肩関節90度屈曲位にします。検者は肘頭に対して上腕骨長軸方向に抵抗をかけていきます。
投球側に筋力低下や脱力が生じた場合異常とします。
8. Elbow Extension Test (EET)
EPTと同様に、体幹・肩甲骨が固定された上で上腕三頭筋が機能しているかを見ていきます。
脱力や筋力低下が見られる場合も、肩甲骨をサポートすると正常になる場合が多く見られます。
肩肘への痛みを考える上で、体幹から肩甲帯の機能低下というのはかなり重要な部分の一つだと感じます。
(方法)
ベット上で座位にて、肩関節90度屈曲位、肘関節屈曲100度から伸展していきます。
検者は前腕遠位にて抵抗を加え、投球側に筋力低下、脱力などが見られたら異常とします。
9. Loosening Test
肩関節の不安定性のテストです。
下方への不安定性をみるslucus testや前後方向の不安定性をみるload and shift test 、外転外旋位でのapprehension testなどを行なっていきます。
10.Hyper External Rotation Test (HERT)
肩関節を外転外旋位にし、さらに水平伸展していくことで疼痛が誘発されるかをチェックしていきます。
投球動作におけるMER(最大外旋位)を再現していく形になります。
投球時の痛みの再現なのか、違う痛みなのか、どこに痛みが誘発されるのかも評価していきます。
(方法)
仰臥位または座位にて肩関節を90度外転位から過外旋・水平伸展させ、疼痛が誘発されれば異常とします。
11.Impingement Test
インピンジメントが起こる部位には大きく2種類あります。
肩峰下インピンジメントと
インターナルインピンジメントです。
Impingement Testとして行うのは、主に肩峰下でのインピンジメントを誘発させるテストになりますがインターナルインピンジメントでも疼痛を誘発させる場合があります。(インターナルインピンジメントはHERTやHFTで疼痛を誘発することもあります)
インピンジメントについても機会があれば別のところで解説いたします。
ここで主に行うものは、Neer test、Hawkins testなどです。
その他の評価
ゼロポジションでの外旋
復帰や機能評価のチェック項目としては、ゼロポジションでの外旋抵抗テストを行います。
単純な外旋筋力だけでなく、肩甲骨の安定性、体幹の機能まで顕著に現れます。
どれか一つでも低下していると、テスト上では筋力低下が生じ異常となります。
その他、肘の位置がぶれていないか、代償動作が出ていないかなどが評価の対象になります。
(方法)
ゼロポジションにて肘関節90度、前腕中間位にて外旋抵抗をかけていきます。
筋力低下、脱力感、代償動作が生じた場合異常とします。
ゼロ伸展テスト
EETの変法です。屈曲位よりもゼロポジションの評価の方がより投球動作に近い肢位でテストができます。
先ほどと同じく、ゼロポジション、肘90度、前腕中間位にて肘伸展運動を行います。
筋力低下、脱力感、代償動作が生じた場合異常とします。
いかがでしょうか。
上肢体幹を中心にまとめてきましたが、投球動作は全身の運動連鎖によって成し得るものです。
極端な話、頭からつま先までが評価対象です。
股関節や足部など下肢の評価も行い、総合的に見た上で問題に対してアプローチしていきましょう。
今回書いたものは、スクリーニングにも使えます。
一番のベストは、”未然に防ぐ”ことです。
まずは怪我が起こらないように、障害予防に努めていきましょう!
参考資料
原正文. 投球障害肩のリハビリテーション治療. The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine 55(6): 495-501. 2018
藤澤宏幸, 末永直樹, 三浪明男, 石田和宏. 肩関節内旋運動における肩甲下筋の筋電図学的検討. 理学療法学 24(2): 75-81. 1997
吉村拓実, 春名匡史, 立花孝, 土山耕南, 西川仁史, 前田吉樹. 肩甲下筋テスト時の肩関節周囲筋の筋活動の検討.
Charles A. Thigpen, Darin A. Padua, Nicholas Morgan, Carly Kreps, Spero G. Karas. Scapular Kinematics During Supraspinatus Rehabilitation Exercise: A Comparison of Full-Can Varsus Empty-Can Techniques. Am. J. Sports. Med. 34(4): 644-652. 2006
Yoshitsugu Takeda, Shinji Kashiwaguchi, Kenji Endo, Tetsuya Matsuura, Takahiro Sasa. The Most Effective Exercise for Strengthening the Supraspinatus Muscle: Evaluation by Magnetic Resonance Imaging. Am. J. Sports. Med. 30(3): 374-381. 2002