鹿島はここから強くなる
流れを掴んだ「寄せ」
いよいよ開幕した2024シーズンのJリーグ、鹿島アントラーズは名古屋グランパスとの開幕戦で3-0の勝利、アウェイの地で快勝という結果を掴んだ。正直、望外の結果である。ここまで良い結果が出るとは思っていなかった。
ただ、試合の入りは決してよくなかった。開幕戦が故の固さも見えたし、パトリックとユンカーを前線に並べてきた中での名古屋のロングボール攻勢に若干面食らった部分もある。自分たちからボールを手放すシーンも多く、相手との噛み合わせに苦労する中で、自分たちのペースで落ち着くのに時間がかかっていた。
そうした中で鹿島がペースを掴むために大きかったプレーがある。それは相手への「寄せ」。相手にプレッシャーを掛け、選択肢を奪うだけでなく、ボールを奪い切ろうとする。その寄せるプレーの中で光っていたのが、新加入の濃野公人とチャヴリッチ、そしてボランチの佐野海舟と知念慶である。彼らの特徴は、躊躇なく寄せてボールを奪い切ろうとすること。ただ相手にプレッシャーを掛けにいくだけで止まらずに、その勢いのまま一気に相手との間合いを詰めていき、相手からあっという間に自由を奪ってしまう。そのスピード感に相手は最後まで感覚を掴めずに苦労していた。
彼らの寄せは対面する相手選手のリズムも奪っていく。濃野とマッチアップしていた山中は、プレッシャーを掛けられた後から徐々に球離れが早くなっていき、深い位置まで進出してクロスを上げるシーンはわずかで、アーリー気味にクロスを上げるシーンが多くなっていた。ただ、守備陣形が整った状況の鹿島ではそれをはね返すことは難しくない。ことごとく植田と関川にクリアされていた。
チャヴリッチの標的となったのは名古屋の最終ラインの一角に入っていた井上だ。チャヴリッチの寄せに苦しんだ井上は自分のリズムを中々掴めずにプレーを余儀なくされた。チャヴリッチが良かったのは、速さもそうだが相手の死角からプレッシャーを掛けていったこと。ボールホルダーが見えないところから一気に寄せることで気づいた時にはもう間合いが詰まっている。先制点に繋がるコーナーキックを獲得する場面でも、鹿島の攻撃スタートのきっかけはチャヴリッチの寄せからのインターセプトである。
また、ボランチコンビの活躍も見逃せない。彼らのプレーで優秀だったのが、プレスバックでセンターバックと相手のFWを挟み込むプレー。自分たちの前にボールがあるシーンでのプレーも良かったが、自分たちの後ろにボールが回った時もすぐにプレッシャーを掛けることで、センターバックを剥き出しの状態でプレーさせることなく、守備の安定感を高めていた。こぼれ球への意識が強く、球際の強さも持ち合わせる2人はボール奪取率も高く、いって剥がされるシーンというのはかなり少なかった。
相手を見ているポポヴィッチ
この試合で改めて思ったのは、ポポヴィッチ監督はかなり相手を意識してプランニングしているということ。ただ単に自分たちの良さを出そうとするのではなく、いかに自分たちの良さを相手にぶつけ、相手の良さを消そうとするか。そこの意識は予想以上に強かった。
試合序盤、鹿島はロングボールが多くなっていたが、それはもちろんリスク回避の意味合いもあるだろう。しかし、個人的にはこれは名古屋の急造最終ラインの裏を突くことで、彼らにエラーを引き起こそうとする狙いがあったのではないかと思っている。ケガ人が続出した中で入れ替わった名古屋の最終ラインは昨季までのレギュラー格が1人だけで、それ以外のメンバーはJ1でも実績の浅いメンバーで構成されていた。彼らに自分たちの裏に出たボールを処理させる機会を増やすことで、連係ミスや処理ミスなどのエラーを発生させ、そこにプレッシャー掛けてあわよくば一気に大チャンスへと繋げる。実際、それが上手くいくことはなかったが、鹿島としてはノーリスクでリターンが返ってくるかもしれないプレーになっており、このロングボール多用が全く必要ないわけではなかったのだと思う。
また、セットプレーの面でも工夫が見られた。水戸戦ではシンプルに合わせにいくボールがほとんどだったが、今節ではショートコーナーやトリックプレーなど仕込みが満載。今後もセットプレーに関しては、かなり色々なパターンが用意されそうだ。
その中で先制点が生まれたのはそのセットプレーからだったのだが、そこにも相手を見てのプレー選択の部分があった。狙っていたのはニアサイド。この部分のケアに名古屋は課題を抱えていると鹿島は見ており、実際名古屋はここのはね返しが甘いことでPSMの岐阜戦でも失点していた。鹿島もここを狙い、先制点はニアサイドでのクリアが中途半端になったところからセカンドボールを拾い、シュートに繋げた。もちろん、植田直通の空中戦の強さと(特に)仲間隼斗の動き出しが素晴らしかったのもあるが、2本目のセットプレーもニアサイドに仲間が飛び込んでフィニッシュに至ったように、狙いどころを明確にして、そこで結果を残せたことは今後にとっても大きいだろう。
藤井智也投入も効果的だった。前半の土居聖真は中々攻撃面で存在感を発揮できなかったが、守備面ではしっかりタスクをこなしており、パフォーマンスは決して悪くなかった。その土居を代えて藤井を投入したのは、名古屋の左サイドに仕事をさせないという意図がある。
名古屋の左サイドに入っている山中はストロングポイントの一つになっており、彼にボールを展開してそこからのクロスでゴールを狙うというのがパターンになっていた。山中自身、前述した濃野の寄せに苦しみリズムを掴んだとは言い難かったが、インサイドの和泉がフリーランでサポートすることで、徐々に突破口が見えてきていた。ポポヴィッチとしてはこのきっかけから決壊に至らないようにするため、名古屋の左サイドを守勢に回す必要があったし、前半で相手が思ったよりもプレスを掛けてこないのでボールを持てるという見識も得ていた。
そこで裏のスペースを突ける藤井を投入。高い位置を取ろうとする山中の裏を突こうとした。名古屋としては裏を返される形になるし、チャヴリッチが右サイドに流れる機会が多かったことで、左センターバックの井上はその対応に四苦八苦しており、とても藤井のところに割けるリソースはない。攻撃面で相手を追い込み、2点目を取りにいく采配だった。
そして、この采配が後半開始早々にドンピシャでハマる。パトリックの落としが中途半端になったところで、濃野がダイレクトで縦につける素晴らしいパスを出すと、これで右サイドを崩すシーンを作り、藤井がクロス。ここは合わなかったがセカンドボールを拾うと、安西のクロスにチャヴリッチが巧みに合わせてゴール。この2点目で鹿島は勝利をかなり確実なものとした。
自分たちも見ているポポヴィッチ
また、ポポヴィッチは自分たちの噛み合わせも意識しながら、配置も決めているようだ。象徴的なのは左サイド。普段は仲間が中央寄り、安西幸輝が大外に立っていることが多いが、今節の前半は仲間が大外で安西が中央寄りに立っており、安西は普段佐野が使うスペースに立っていることが多かった。この配置が効果的だったかと言うと必ずしもそうではない部分もあるのだが、これには右サイドの配置とポポヴィッチが設定している逃げ場所の部分が立ち位置変えの理由としては大きいと思われる。
現状のスタイルにおいて、ポポヴィッチはロングボールの逃げ場所を2箇所設定している。1つは最前線のところ(今節はチャヴリッチor鈴木優磨)、そしてもう1つがサイドハーフの片方のところだ。サイドは中央に比べると直接ゴールに迫れる可能性は低いが、プレッシャーは弱まるし、ボールロストしてもカウンターは食らいにくい。だから、サイドハーフの片方には必ず大外でプレーできて、裏に抜けるスピードを持っている選手か身体を張れる選手を起用して、最悪困った時にはそこへのロングボールで回避しようという狙いを持っているというわけである。
水戸戦ではこの役割を藤井が担っていたが、今節ではベンチスタートで右サイドハーフには樋口雄太がプレーしていた。樋口は大外でプレーするのはあまり得意ではない選手であり、そうなると逆サイドにいる仲間にその役目が回ってくる。仲間としてはこの役割をこなすことに大きな問題はないのだが、ここでミソなのが仲間が大外に立つ時は、安西に大外に居続けることを許してはいないということ。もちろん安西が大外から仕掛けるプレーが得意なのは承知しているが、それよりも大事なのは味方同士のパスコースが多くなるような立ち位置を取ること。そこを求めて前半は安西に中央寄りでプレーさせていたし、後半に藤井が入ると彼が右サイドの大外に入るようになり、仲間が幅を取る必要はなくなり、安西は元の大外のポジションを取るようになる。こうした選手の特徴に合わせた配置変更は今後も臨機応変に行われるはずだ。
鹿島はまだまだ強くなれる
開幕戦は鹿島にとって危なげない試合であった。立ち上がりややバタつき、ペースを掴むまでには時間を要したが、最初のセットプレーで先制に成功するとそこで落ち着くことができ、後半立ち上がりの追加点で勝利を大きく手繰り寄せ、3点目も奪ってトドメを刺した。開幕戦ということを考えれば、文句なしのパフォーマンスだろう。
それでも、今の鹿島にはまだまだ伸びシロがある。立ち上がりバタついたところや必要以上にロングボールにこだわりすぎてしまったこと、またボールを動かしながら相手のズレを作る部分ではまだまだだったし、守備でもプレッシャーの掛かっていない状況での振る舞いはそれなりに怪しかった。気になる懸念する部分を挙げれば、一つや二つではないのは事実だ。
ただ、心強いのはチームとしてもそのことは理解しているし、現状に決して満足しているわけではないということ。むしろ、自分たちはもっとやれるもっとやらなくてはいけない、という意識がチームから強く感じることができる。3-0になった後の方がポポヴィッチが怒る機会が増えたのが、それを象徴するようなシーンだった。
快勝を残してもまだ満足せずに上を向いていられる。現時点での鹿島はまだ強いとは言えないかもしれない。それでも、この心持ちがある限り、このチームはもっと強くなれるかもしれない。それを期待させる開幕戦のパフォーマンスだった。