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自己防衛のために使われる二項対立
今日はそんなに寒くなかったので、妻と娘二人(3歳と1歳児)の家族全員で、都庁の向かいの公園に遊びに出掛けていました。
初めて行ったのですが、遊具がしっかりしていてオススメです!
(説明が雑ですいません)
とにかく、娘二人は大はしゃぎでした!
そびえ立つ都庁のふもとで遊んでいたせいか、ふと小池都知事の『アウフヘーベン』という言葉が頭をよぎりました。
ですので、今回は二項対立とその統合について記事を書きたいと思います。
二項対立だから一方が出来ないというのは、当人が自分を守るためのただ言い訳である
具体的な数値などはありませんが、僕の感覚では、多くの人が「やりがいとお金」「仕事とプライベート」などを二項対立として捉えているように思います。
どちらかを選べば、どちらかを手放すしかないと信じ込んでいるのです。
これらの対立は本当に避けられないものなのか?
こんなこと言ったら怒られるかもしれませんが、実はこれらの対立は、当人が "できない自分を守るための言い訳" として作り上げたもの、あるいは思考停止の産物に過ぎないものだと思っています。
そもそも二項対立になってないのに、"わざわざ二項対立として捉えている" のは何故か、という指摘です。
その1:ただの言い訳説
二項対立とは、二つの要素が対立し、どちらか一方を選ばなければならないとする考え方です。
しかし、僕らが直面する問題は、実際には二項対立ではなく、工夫をすれば統合可能なものがほとんどです。
例えば、『やりがい』と『お金』。
これらは適切なキャリア選択やスキルアップによって、やりがいもあるしお金も入ってくるという状態は実現可能です。
あるいは、『仕事』と『プライベート』、『伝統』と『革新』なども、もちろん個別の状況によりますが、しかし多くの場合はやりようによっていくらでも共存可能だと思います。
二項対立を主張する人は、実は自分の実力不足や思考の浅さを隠すために、この対立を利用していることが多いのではないでしょうか。
二項対立とすることで、どちらかが損なわれることは仕方がないことであるとなるため、問題解決の努力を放棄し、現状に甘んじることが正当化されるからです。
しかし、当たり前ですが、これは自己成長や問題解決の機会を逃すことにつながります。
もしあなたが成長したい、もっと良い未来を迎えたいと考えているのであれば、二項対立かのように見える問題は、むしろ成長のチャンスとして、なんとか統合できないか、アウフヘーベンできないかを考える癖をつけてください。
その2:あなたを利用したい人のポジショントークでしかない説
例えば古臭い会社では、経営陣や上司が『お金を得るためには、やりたく無いこともやるような我慢も必要なんだよ』や、『仕事で成果を出すためには、プライベートとか生ぬるいこと言ってられないよ!』などと、働き蟻である社員・部下たちを洗脳してきます。
僕からすると、働き蟻をもっと働かせるためのポジショントーク以外の何ものでもありませんが、言われた当の本人はその世界しか知らないため、それが真理かのように聞こえてしまうことと思います。
(僕も20代は散々痛い目に遭ってきました。)
しかし、上司がさも当たり前のように突きつけてくる二項対立も、「お前にとっては二項対立なだけだろ!」と思えれば、あなたの選択肢の幅は格段と広がるはずです。
思考停止は楽ですが、自分の人生の手綱は自分で持たなければ、結局は誰かに振り回され、楽をした分以上の損をさせられます。
二項対立かのように見える問題は、実は成長のチャンスであること。
そして二項対立を利用して、あなたを嵌めようとしている人たちがいること。
この二つを伝えたいなと思いました。
とにもかくにも、二項対立かのように見える問題には『それって統合可能じゃない?』と考えるクセを身体に染みつけてください。
今日の記事が誰かの役に立てば!
それでは!