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見える世界が変わるということ。「ハウルの動く城」

ひさしぶりに「ハウルの動く城」をみました。

まず、こんな話だったっけ? という印象がいちばん強かった。ヨーロッパの魔法の街の、すてきな恋物語だと思っていたら、こんなに冒頭から、戦争の気配が濃くたちこめていた話だったとは。それに「容姿に関するコンプレックス」で主人公が悩んでいたことも忘れていた。

美しい街並みに、黒い煙がたちのぼり、じわじわと「戦争」がやってくる。いろいろな国や地域、時代をミックスさせてあるとは思いつつ、黒い煙を吐き出す蒸気機関車などの存在があることから、物語の舞台は産業革命後の19世紀のヨーロッパの街のような印象。武器や兵器などの描写もあって、19世紀末〜20世紀初頭の気配も感じる。そこに「魔法」の存在が加わる。

いろんな国や時代の感じ、そして「魔法」を組み合わせた宮﨑駿の世界観はやっぱり魅力的。でもそこに「戦争の気配」がたっぷり含まれていたことを、わたしは見落としていた。

いつもと変わらない街のようす。人びとがほがらかに笑いながら買い物をし、日々の生活がある。おしゃれも、楽しみもある。しかし街には兵士がいて、武器や旗、戦争に向かって人びとを盛り上げていくような街のようすもみられる。じわじわと戦争が始まる。戦いでボロボロになった戦艦に「頑張れ」と鼓舞する人びと。

街の日常にひそむ軍服を着た黒くて不気味な化け物は、ハウルと因縁のある魔法使いの「手下」という設定だったけど、これは「戦争の気配」を象徴したものでもあるんじゃないかとわたしは思った。

そうやってずるずると戦争は始まり、気がついたら取り返しのつかないところまできているという怖さ。

この物語では、「じゃあもうやめましょ」って、戦争があっさり終わっちゃうけど、ほんとうはそうはならなかったって、わたしたちは知っている。

恋人は、「守るものがあるから」戦いに行った。でも帰ってこれなかった恋人もいるんだよねって、一人で戦ってボロボロになって帰ってきたハウルを見ながら切なく思った。



通信制大学で、学芸員資格課程の必須科目だった「民俗史」「民俗文化論」を学び、近代〜近現代の社会がどういう時代だったかを学んだ。明治〜大正〜昭和の、戦争へと向かう時代のこと。そこからこの時代に興味を持ちはじめ、諸外国との関わりや世界史についても独学で学び直した。

その時代の人たちも、まさか本当にこの日々の生活の延長に戦争があるなんて、途中まで全然思ってなかったのだと思う。それくらいじわじわと始まっていたんだと思う。それで気づいたら取り返しのつかないことになっていた。

そうしたことをふまえて「ハウルの動く城」をみてみると、また見え方も違ってくる。

学ぶと、いろいろな見方ができるものだと思った。



そして、「容姿コンプレックス」の話。

主人公のソフィーは魔法によって老婆にされてしまうけれど、シーンによって「老婆度」が変化する。

「なんでソフィーちょっと若返ってきれいになってるのかな」

と、娘に聞いたら、

「恋をしたからだよ、愛されてるから」

と、ズバッと真理をついた発言をしたのでびっくりした。

わたしったら、いろいろ学んで「わかって」きたけどさあ、「恋をして綺麗になる」とか、そういうピュアな気持ちを忘れちゃってたみたいだわ。

そうだね、確かにソフィーは鏡を見て自信をなくしているときが一番老婆っぽくて、自信を持って行動しているときは少し若返っている。それに、眠っているときは若い姿のまま。つまりその見え方は、じぶんの心がつくりだしたものなのだ。

恋をして、愛されて、誰かに必要とされていたら、ひとは若返って綺麗になるのか。というか、じぶんに自信が持てたらコンプレックスなんてなくなっちゃうんだった。

忘れてた。

大切なこと。


いわゆる「名作」と言われる作品は、そのときどきによっていろんな見え方ができる。見える世界が変わる。

恋をしているときにしか見えないものもあるだろうし、学びによって見えることもある。

そのときどきのじぶんで、見える世界が変わる。


だとしたらいま、「なんかつまんないな」という風に世界が見えていたとしても、心のドアのダイヤルをカチカチっと回して、じぶんの力で世界の見方を変えることもできるんだろうな、と思った。


いい作品だった。


ソフィーの帽子屋みたいなロンドンの手芸屋さん







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