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身体拘束〜闘病備忘録9

 救急車に乗って病院に着くまでの記憶は完全に欠落していた。救急治療室に着いたら血液検査をしていつものの点滴がベッド上に吊るされている。これは見慣れた光景だったので病院にいる事は何となく理解していた。点滴が効いてきたのか、頭も靄が晴れるように少しずつ状況を理解し始める。この日の何日か前から軽く似たような症状が出て、その度に救急搬送ではないけれど、同じような処置を受けて症状が治ったら家に帰ることを繰り返していたのだが、そのときの帰り道に車窓から眺める風景が知らない街のように見えたので、最近の症状はかなり重症だなという自覚はあった。
 そしてこの夜…、いつものように点滴が終われば帰れると思っていたのだが、意に反して入院の沙汰が下った。そのときはまだ頭は半分眠っているような状態で、トイレに行きたかったことだけはよく覚えている。そしてぼんやりした頭で救急から病棟へベッドが移動されて、僕の知らないうちにオムツを履かされ、その上、気がついたらときには身体がベッドに縛り付けてあった。全く身動きが取れない。その頃には頭も半分以上覚醒して看護師さんと話ができるくらいになっていたので「トイレに行きたい」と言うとそのまましてくださいと言う。そのときにはオムツを履いている自覚がなかったのでびっくりしてポータブルトイレでいいから拘束を解いてくれとお願いしても、転けて頭を打ったら大変なのでと聞き入れてもらえなかった。もう泣きそうになった。何も分からない状態ならいい。でももう普通に意識もある。尿意は徐々に増してきて眠ることもできない。身体は手も足も縛られて寝返りもうてない。こんな状況で朝まで過ごさないといけないのだ。
 尿意の我慢が限界に近づいてきた。でもベッドに寝転がったまま簡単に小便なんぞ出るものではない。意を決して気張ってみた。ちょろちょろと出始めた。股間が生暖かくなって気持ち悪い事この上ない。ついでに涙も出た。手も動かせないので顔を拭う事もできない。動かせない身体で目だけ開けて呆然と天井を眺めていた。長い夜だった。そのうちに点滴の眠り薬が効いてきたらしく、気がついたときには明るくなっていた。そのときの心情を映すような雨の降る朝だった。

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