新人編集者時代に最も役に立った「読者ページ」の編集
雑誌の編集を始めた当初は、校正記号もフォントも図版の指定もラフも、まったくわかりませんでした。
ただ、これらはどれだけ書籍などで学んでも実践には役に立ちません。なんでもいいから(自分で作った本でもいい)実際にモノを作ってみることが不可欠です。
昔は今とは違って効率重視ということはそれほど言われなかったので、一見無駄と思われるものでも時間をかけて任せてもらえました。それが新人編集者にとっては一番ありがたいことでした。
その中で、特に今の私を作る大きな転機となったのが「読者ページ」の編集でした。
雑誌をあまり読まない方には縁がないかもしれませんが、「読者ページ」というのは読者が投稿してきた文章を載せているページのことです。自動車やバイクの雑誌などでは、読者の声をひとつの企画として、編集者が広げていたりもします。主にモノクロのページになることが多いです。
雑誌によっては、特集や連載よりもこちらの方が面白いと思ってもらえるものもあります。
素人の原稿の中から面白さを発見する技術
そんな「読者ページ」がなぜ編集者にとって役に立つのか、主に以下のようなものが考えられます。
・編集者やライターでは思いつかない企画を無料でもらえる
・掲載された満足感を満たす=リピーターになってくれる
・編集の練習の要素がたくさん詰まっている
・自分の中の「面白さ」と他人の「面白さ」のツボを確認できる
他にもたくさんあると思いますが、一番はどうにもいじれない原稿をどう料理するかという練習です。
プロのライターの中にも、初めて原稿をもらってあまりの日本語の出来の悪さに閉口することは、編集者人生の中で多々ありました。テーマ指定が悪いとかももちろんありますが、根本的に「どうしてこれで原稿って言えるの?」というほどひどいものも多数。
それでもなぜライターとして活動できているのかといえば、関わっている編集者側が適切に編集しているケースがほとんどです。失礼な話と思われるかもしれませんが、編集業界にいる方なら多分納得していただけると思います。
そういうとんでもない原稿の最たるものが、読者の声というわけです。むしろ読者の声の方がきちんとした文章であることもあります。
問題は、ただそれを並べても企画としては弱いということ。新聞の書評のように単に並べるだけ、というコンセプトのものもありますが、雑誌はあくまで「エンタメ」です。投稿者の自己満足のためだけに、貴重なページを割くことはできません。
なので、それをどう面白くするか、というところは、編集部側との「かけあい」の中から生まれてきます。私がここで言っている「読者ページ」とはそういうものとお考えください。
自分の中にある「面白さ」は本当に面白いのか
最初に読者ページを担当した時、一番悩んだのが、採用するお便りの面白さが、編集長はじめ他の編集者、読者に面白いと思ってもらえるのか、という正解のない問いでした。
想像してみてください。たとえ月刊誌のモノクロページのほんの1枠、3センチ四方くらいのスペースだとしても、自分が採用したそのお便りが面白くなかったとしたら、お金も読者の時間も無駄にすることになってしまう。
それくらい考えてしまった理由は、ひとえに自分が面白くない人間だということを自覚していたからでした。面白くない人間からは、つまらないものしか生まれない、私は当時そう考えていました。
苦手から好きになったきっかけは、当時のデスクとの編集のやりとりの中で、「これ、面白いね」という言葉かけでした。お便りの短文を見て違うことが想像されたり、それが話のネタになるといった経験を積み重ねていくうちに、だんだんと何が面白いのかが見えてきた感じがしました。
いま振り返って、「面白さ」の要素を考えてみると、
・読者の知識レベルよりもちょっとだけ難しい、知的好奇心をくすぐるようなもの
・感情のブレが振り切っている人(自信のあるなしなど)
・特定のことにだけ異常にこだわっているもの
などが、面白さにつながっていたように思います。
そこには、あまり「共感」は必要ありませんでした。真逆のものを見て「なんだよこれ」と思わせた方がむしろ、話題性にはつながったりします。SNSで言えば「炎上商法」なんかもその類かもしれません。
どちらかというと、お笑い番組とかバラエティの企画に近いものなのかなと思ったりもします。
「読者ページ」はいまどきのSNSマーケと似ている
新人編集者だった時代に「読者ページ」をやらされたのは、単に担当できる人員がいなかったからだと思います。ページとしての重要度もそれほど高くなく、でもやらないといけないページだったという感じでした。
なので、前任者まではほとんど企画もなく、お便りを並べてそれを読むだけという、SNSのタイムラインみたいになっていたんです。
私はそこに、「写真で一言」とか、イラストを褒め称える企画とか、「今月の名言」とか、いろいろなトッピングをしていきました。ほとんどはテレビや他の雑誌のアイデアを得たものでしたが、読者がいなかったページを読みたいと思わせるだけのことはできたように思います。
そして、自分自身の面白さ、笑いのセンスのようなものに、少しだけ自信が持てるようにもなりました。
人前で面白い人間ではありませんが、与えられたテキストコメントを広げて、こねくりまわして、何らかのエンタメに変えるということはできるような気がします。
面白い文章を考えることは難しいですが、編集者は自分自身でゼロから1を生み出す必要はありません。誰かの言葉をどう広げるか、というところを意識してみると、マンネリ化した企画などを広げることはできるかもしれませんよ。