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無伴奏とデュオで滝千春の“現在”を聴く「2 PERSPECTIVES」〜2つの展望〜

割引あり

オフィシャルとしては初となるバロック・ヴァイオリンでの演奏や、桐朋同期のピアニスト沼沢淑音さんとの共演、過去に追求したことがあるという無伴奏の可能性、今最も弾きたいというシュニトケ。ヴァイオリニスト滝千春の“現在”が凝縮されたリサイタル「2 PERSPECTIVES(2つの展望)」(全2回)についてお話をうかがいました。


演奏会情報〈滝千春ヴァイオリン・リサイタル 2 PERSPECTIVES〉(全2回)


■第1回 無伴奏リサイタル

2024/12/17(火) 19:00日暮里サニーホールコンサートサロン
柿沼唯:サルヴェ・レジナ
ビーバー:パッサカリア
バッハ:パルティータ2番
F.サイ:クレオパトラ
J.コリリアーノ:ストンプ
挟間美帆:B↔︎C
J.コリリアーノ:The Red Violin
料金/自由席4,500円 セット券8,500円 学生券各2,500円
チケット/https://teket.jp/9041/39722
※2公演セット券・学生券は主催のみでのお取り扱いです。
主催/DUCK KEN(担当 本間) hommasama@gmail.com

■第2回 デュオリサイタル モーツァルトとシュニトケ

共演/沼沢淑音(ピアノ)
2025/1/19(日) 19:00すみだトリフォニーホール 小ホール
シュニトケ:ポルカ
シュニトケ:祝賀ロンド
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ ホ短調 K.304
シュニトケ:ヴァイオリン・ソナタ第1番
シュニトケ:きよしこの夜
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ 変ロ長調 K.378
シュニトケ:タンゴ
シュニトケ:ヴァイオリン・ソナタ「ソナタ風」
料金/自由席5,000円
チケット/https://teket.jp/9041/40174
※2公演セット券・学生券は主催のみでのお取り扱いです。
主催/DUCK KEN(担当 本間) hommasama@gmail.com

〈略歴〉

たき・ちはる
ユーディ・メニューイン国際コンクール第1位など、数々の国際コンクールに入賞。各地主要オーケストラにおいて、小澤征爾、ユベール・スダーン、ゲルト・アルブレヒトなど数多くの指揮者と共演。2012年スイスのアニマート・オーケストラにコンサートマスターとしてヨーロッパ各地の著名なホールで好演後、2015、2016 年にはスイスのダボス国際音楽祭に招かれ、同年にはベルリン・フィルハーモニーにて新ベルリン交響楽団と共演。2015~2017年ピクテ投信投資顧問株式会社のピクテ・パトロネージュ・プロジェクトのアーティストとして活動。2018年デビュー10周年記念で開催した「オール・プロコフィエフプログラム」は好評を博し、翌年フランスのル・テュケのムジカ・ニゲラ音楽祭に招かれ大成功を収めた。2019年1月にはミュンヘン放送管弦楽団のコンサートマスターに短期就任。2023年では「12-ToneS」と題した自ら発案したプロジェクトを宮地楽器ホールにて行い大好評を得た。また、同年5月にリリースした『PROKOFIEV STORY』は、レコード芸術最終号にて特選盤に選出される等多数メディアを沸かせた後、ONTOMO MOOKレコード・アカデミー賞を獲得した。

©KOHÁN

無伴奏の可能性

——「2 PERSPECTIVES」は「第1回無伴奏リサイタル」と「第2回のデュオリサイタル モーツァルトとシュニトケ」の全2回で、どちらも意欲的なプログラムですね。

滝:主催者であるDUCK KENの本間さんから無伴奏とピアノとのデュオ、2つの公演を、というお題をいただいて、躊躇することなくお引き受けできたのは、過去に無伴奏の可能性について追求する機会があったからかもしれません。
私はスイスに本社がある投資会社、ピクテ・ジャパンの「ピクテ・パトロネージュ・プロジェクト(若い演奏家の育成プロジェクト)」の第1期生で、今年、サントリーホールで開催された「Pictet Patronage Alumni Concert 2024(関係者、招待客のみの非公開演奏会)」に他のOB・OGらと共に出演しました。「ソロだけ弾いてほしい」というリクエストがあったのは、パトロジェージュアーティストをしていた2015年からの3年間にあったプロジェクト中。
ヴァイオリンの無伴奏作品と言えばJ・S・バッハやイザイがすぐに思い浮かぶと思うのですが、それ以上によく知られていて聴き映えのする曲が思い当たらなくて……。普段クラシック音楽をあまりお聴きにならない方もいらっしゃるコンサートで、しかも無伴奏のみのプログラムで楽しんでいただくにはどうしたら良いか、と頭を悩ませました。いろいろ考えを巡らせた結果、既存の曲を探すのではなく、私自身が好きな様々な形態の曲を無伴奏曲に編曲してもらおう、と思ったんです。
坂本龍一さんの《ミスターローレンス》をヴァイオリンの無伴奏に編曲したり、「風の谷のナウシカ」の「ナウシカ・レクイエム」をテーマに無伴奏曲を作ってもらったりするなど、プログラムを成立させるためにどうしたら良いか、ヴァイオリンにどのような可能性があるかを追求しました。
そうしたことに挑戦したことで視野が拡がり、ヴァイオリン1本でもできることがたくさんあることを知りました。今回、その企画での経験が私の背中を押してくれたように思います。

坂本龍一作曲/挟間美帆編曲:Energy Flow(ヴァイオリンとサックスの二重奏版)
演奏:滝千春(Vn)、上野耕平(Sax)

DUCK KEN本間:同じく昨年行われた東京文化会館でのリサイタルが大変すばらしく、滝さんの演奏に可能性を感じました。ピアノとのデュオ、無伴奏、そのどちらかだけでは魅力を出し切れないと思い、全2回のリサイタルをお願いしたのです。後に、サントリーホールでの無伴奏演奏のお話をうかがい、とても良いタイミングだったのだなと思いました。益々期待が高まります。

滝:それから、このお話をいただいた頃、ちょっとした催しでバロック・ヴァイオリンを弾いていたんです。もともと古楽に興味があって、佐藤俊介さんの録音を聴いたり、留学時の同期生の中にも古楽の世界で活躍しているヴァイオリニストがいるので、彼女に奏法を教えてもらったり、時にはネットで動画を見たりもしながら独学で挑戦していたんですね。
そういうタイミングだったこともあり、今回、無伴奏リサイタルでは、モダン・ヴァイオリンとバロック・ヴァイオリンの両方を演奏することにしました。
ひとつのコンサートで両方を聴く機会はなかなかないと思いますので、それぞれの特徴を味わっていただければと思います。
これまでバロック・ヴァイオリンは小さなイベントで弾くことはあったのですが、オフィシャルにこうして弾くのは初めてなので私自身もとても楽しみにしています。
具体的にはまだ考え中なのですが、柿沼唯さんの《サルヴェ・レジナ》はモダンで弾き、ビーバー《パッサカリア》、バッハのパルティータ2番はバロックで、と考えているので、舞台上で持ち替えるのも面白いですよね。

——古楽のどのようなところに惹かれたのですか?

モダン・ヴァイオリンとバロック・ヴァイオリンを持ち替えて演奏する、とお話ししましたが、私はヴァイオリン本体よりも実は弓、奏法に影響を受けたのです。
バッハやビーバーの作品が作られた頃、こういう弓だったからこそこういう曲が作られたのだろう、と腑に落ちることが多かったんです。
バロック・ボウは先弓で音量が増えるということはなくて、必ず減衰します。また、弓が短いので一弓でそんなに長く音をキープすることはできませんし、あまりゆっくりとしたテンポでは弾けません。発音は思ったよりもハッキリとしています。けれども軽やかで、音色は繊細。そうしたことにより音楽作りが変わります。自然とその時代に使われていた弓だからこその音楽作りと言いますか、弓に教えてもらうことが多いです。
そのため、今は例えばバッハを弾くとき、楽器はモダン・ヴァイオリンであっても弓はバロック・ボウを使うことが多いです。その方がフレージングがしやすいですし、理に適った演奏ができます。

——無伴奏リサイタルの後半は現代曲ですね。

後半は全てモダン・ヴァイオリンで、現代曲を取り上げます。ファジル・サイは人気の作曲家ですね。挟間美帆さんの《B↔︎C》は、東京オペラシティ リサイタルシリーズ「B→C」(2021年)に出演した際に私が委嘱した作品です。
ジョン・コリリアーノはアメリカの作曲家で、《STOMP(ストンプ)》は数年前のチャイコフスキー国際コンクールの課題曲として作曲されたものです。タイトルの通り、この曲は脚を踏み鳴らしながら演奏するんですね。結構運動神経が良くないと弾くのが困難な上に、この曲、実は調弦も変えるんですね。G線をEまで下げて、A線は半音下げてAisにする。曲調は、アメリカのフィドルスタイルの要素もありながら、ロックのようにパンチの効いた曲なので、ぜひ会場で楽しんでいただきたいです。

音楽で会話のできるピアニスト

——ピアニストの沼沢さんとは、これまでもさまざまな演奏会で共演されています。

滝:沼沢さんとは桐朋の同期で、2018年に紀尾井ホールで行ったリサイタルで始めて共演して、それからです。
私は気兼ねなく意見を言い合いたいので、できれば年齢の近いピアニストと共演したいと思っているんですね。それで、同期のチェリストで、当時一緒にトリオを演奏していた横坂弦さんにピアニストを探していると相談したところ、沼沢さんを薦めてくださったのです。
初日の合わせでアドレナリンが出まくったというか、彼の演奏に共感を覚え、楽しくてしかたがなくて、それからずっと共演していただいています。
沼沢さんは、もちろん共演者の演奏を聴く耳を持っていて、アンサンブル能力の高い方なのですが、それを踏まえた上で個性が光る演奏をしてくれます。
無難にきれいに合わせてくれるよりも、もしかりに少々不器用なところがあったとしても、「音楽での会話」をしてくれるピアニストと共演したいんです。沼沢さんとの演奏は、その会話により新しい何かが毎回生まれ、その化学反応を楽しませてくれます。それまで以上のことが追求できるので、お客さまのためだけではなく、自分のためにも共演したいピアニストです。

学生時代を過ごした仙川にて

——モーツァルトとシュニトケ。この組み合わせも何か化学反応が起こりそうですね。

滝:一見相反する作品のように思われるかもしれませんが、シュニトケの作品も色とりどりで、今回取り上げる作品は特にモーツァルトっぽい雰囲気が感じられます。また、もともとシュニトケは古典的な作品の中に新しい要素を取り入れるのが好きな作曲家だったので、モーツァルトとの相性はとても良いと思います。
私は今回とにかくシュニトケが弾きたくて、デュオリサイタルのプログラムはそこから考えていきました。モーツァルトの作品と一緒にプログラミングすることで、また新しい世界が見えてくると思いますので、これらの作品をよく知っている方にも新鮮な気持ちで楽しんでいただけると思います。

——最近特に近現代の作品を積極的に演奏されているようですが、そう思わせる出会いがあったのですか?

滝:音楽に限らず全てにおいて、もともと無難なことばかりやっていることが好きではない、というのはあるのですが(笑)。比較的新しい作品を演奏することについて、特に変わったことをしている、といった感覚はないんです。でも、考え方に大きな変化があったのは事実で、それは桐朋女子高等学校音楽科(共学)を卒業して、留学してからのことです。私は最初にスイスのチューリッヒで学び、その後、ドイツのベルリンに渡ったのですが、ベルリンの文化に触れたことが大きかったと思います。
ベルリンは国際的な都市で、さまざまな文化が入り交じっています。世界屈指のクラブカルチャーがあり、テクノ・ミュージックが盛んです。その一方で伝統あるベルリンフィルの本拠地で、クラシック音楽が定着しており、日常的にオペラも聴きに行くこともできる。音楽だけではなく、あらゆるジャンルのアートに触れることもできます。
そうした文化の中で“クラシック音楽”を語るうちに、クラブ・ミュージック、ジャズ、コンテンポラリーなどとの境目はどこなんだろう?と考え始めたんです。
それぞれのジャンルのミュージシャンたちと会話する機会があり、お互いに尊重し合っていて……。それでも、それぞれの音楽がジャンル分けされる場面がある。でも、果たしてその境目はどこなのか?と。未だに自分なりの答えを導き出せておらず、だからこそ、王道のクラシック作品ばかりを弾くのではなく、視野を広くしていきたいと思うんです。
ベルリンでの人との出会い、さまざまな芸術との出会い、幅広いジャンルの音楽との出会いがそういう思考に変えてくれたのだと思います。
だからといってコンテンポラリーばかりを弾いていきたいわけではないんです。でもそういうジャンルだったら、誰も手を付けようとしなかった世界があり、手つかずの作品が埋まっている。それを掘り起こす作業って宝箱を探し出すようなワクワク感があります。
また、そうした忘れ去られてしまった名曲を掘り起こし、世に紹介できるのは音楽家だけです。音楽家である私にしかできない使命というか、音楽家としての存在価値がそこにあるようにも感じられます。でも、そういうときいつも思うのは、私は“フィルター”で良いと思っているんです。つまり、主体は私ではなく作品なんですね。私というフィルターを通った曲がどのように意味のあるものになるか。フィルターとして、その作品が一番良い状態で、一番良いパフォーマンスで聴かせることができるのは音楽家だけです。ですから、これからもそうしたことを大事にしながら演奏していきたいと思っています。

ヴィブラートに音色作りの神髄がある

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