定時先生!第2話 桜
本編目次
第1話 ブラックなんでしょ
採用試験合格後、遠藤は夢を叶えた自分を心の底から喜ぼうとした。しかし、心の隅にある小さな影が、消えない。むしろ、日に日に大きく濃くなっていく。
ーそうかもね、でも、世間の注目が高まっていて、改善の動きはあるんだよ。それにー
遠藤は、周囲に教師の労働環境を話題にされる度、胸にかかるもやをはらうように、そう返していた。教職への否定は、すなわち幼い頃からの夢、ひいては自分自身を否定されているように感じられたのだ。
心の内では、教職へ就くことの不安を感じながら、認められずに強がっている。そんな自分を自覚する度に、遠藤はマスクの下で小さくため息をついていた。
3月下旬、遠藤は着任前の面接のため、赴任先の中学校を訪ねた。
駅前のロータリーを抜け、ありふれた街並みの住宅街を歩く。時折、ぬるく心地よい風が遠藤の真新しいスーツをなぞるように吹いたが、緊張している遠藤には、春を感じる余裕などなかった。
学校の手前の上り坂で、談笑しながら歩く下校中の女子生徒二人とすれ違う。楽しそうだな、着任して顔を覚えられれば挨拶されるのかもな。ぼんやり考えていると、今度はランニング中の野球部らしい集団が来た。その全員から、次々と元気の良い挨拶をシャワーのように浴びせられた。遠藤は少しくすぐったいような気がすると同時に、ちらちらと舞う花びらに気が付いた。坂を上りきっている。顔を上げると、校門を覆う桜が遠藤を出迎えていた。その見事な彩りに、しばし息を忘れ立ち尽くした。
ここで俺の教師としての人生が始まる。
桜舞う春の風を一身に感じながら、遠藤は校舎へと歩み出した。