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定時先生!第40話 放送室

本編目次

第1話 ブラックなんでしょ

『ー放送は以上です。残りの問いに取り組みなさい』

「…」
「CD止めないと」
「あっ、停止っと」

 追憶に耽っていた遠藤は、危うく他の問題まで流すところを、中島に助けられた。
 埃を被った機材、色褪せた注意事項の貼り紙、乱雑に置かれたCDケース、カーペットに染み付いた独特の匂い。ずっしりと重たそうな暗幕が開け放され、普段は暗く陰鬱な放送室の小部屋に、朝の日差しが眩しい。
 一学期定期考査1日目の1時間目、各学年分の国語の聞き取り問題を校内放送で流すため、遠藤と中島は二人きりで放送室にいた。
 聞き取り問題は、高校入試の国語で例年出題されているため、S中学校の定期考査でも毎回取り入れられている。実施にあたっては、国語科教員内で、機器を操作し放送を流す者と、教室棟を見回り放送に不具合が無いか確認する者とに分かれ、協力し合い取り組んでいる。
 今回は、遠藤と同じく1学年担当の吉野が機器の操作に自信が無いということで、遠藤は半ば強引に機器操作担当にさせられ、慣れている中島が指導役となり、二人で放送を流すことになっていた。

「考え事?」
「…ええ…実は…」

 突然放送室の扉が開いた。見回りを終えた吉野だ。

「1学年棟放送ばっちりでしたー」
「ありがとうございます。続けて2年生分の見回りもお願いします」
「はーい。じゃ、行ってきまーす」

 吉野は再び廊下へ出た。

「じゃ遠藤先生、2年生分も流してみようか」
「はい。ええと…まずCD入れて、2学年棟を選んで‥」

 記憶を頼りに機器を操作する遠藤。滞りなくCDが再生され、放送室にも音声が響く。

『これから、聞き取り検査を始めます。今から、ある中学校の授業で行われた、田中さんのスピーチの一部を放送しますー』

 北沢は、あれ以来今日までの2日間、出勤していない。LINEを入れたが、既読は付くものの、返信はない。明日は北沢が受け持つ数学の試験があるので、来るだろうか?

『ースピーチの後に、内容に関する問いを、5問放送します。放送は一度しか流しません。なお、聞きながらメモをとっても構いません。それでは始めますー』

「実は?」
「実は…」
 
 何かしらの形で、中島に相談しようとは思っていたが、いざ中島を前にすると、言葉は喉に引っ掛かり、声にならない。中島を目指した北沢の苦悩。西田がもつ中島の印象。そしてー
 
ー中島先生を倣おうとしているぼくは、間違っていますかー

 中島本人に、簡単に言えようはずもない。
 言いあぐねる遠藤を余所に、中学生のものとは思えない流暢な、だがどこか無機質なスピーチが始まった。

『ー私のスピーチのテーマは、≪部活動で得たもの≫です。私は、卓球部で部長を務めています。元々、競技未経験でしたが、体験入部のときに、先輩の気迫あふれるプレーを見て、私も先輩のようになりたいと思い入部しましたー』

ー部活動、かー

「…こないだ小耳に挟んだんですけど、先生は、昔バドミントンの専門部長されてたそうですね」
「ああ、昔ね」
「以前、勝ちを目指してバリバリやってたとは聞きましたけど、まさか専門部長までされてたとは思わなくて、驚きました」
「かなり熱心にやってた頃があるからね。こう見えて」

 この会話を助走にして本題に入りたかったが、それでもやはり、言い淀んでしまう。

「…実は…北沢君のことで…」

『ーどの競技でも同じだと思いますが、卓球も地味な反復練習が必要です。思うように上達せず悩んだときもありましたが、先輩に丁寧に教えていただき、技術を磨くことができましたー』

「ここのところ休んでるね」
「…それ、部活を減らしたり早く退勤したりする北沢君に対する、バスケ部の苦情や周りの先生から苦言が原因で…」

『ー競技の技術以外にも、部活動で学んだことはたくさんあります。例えば《挨拶の重要性》ですー』

「休む前の日、北沢君に言われたんです…」

『ー挨拶は、コミュニケーションのうえで重要なのはもちろんですが、部全体が積極的に挨拶を交わしやすい雰囲気かどうかを常に意識することで、チームの状態を知ることもできー』

「…先生辞めてえわ、って」


 中島の目が、静かに剥かれていく。いつか覚えがあるその言葉と、無機質なスピーチだけが、放送室と中島の耳に、いつまでも響いていた。