定時先生!第24話 掃除の時間
本編目次
第1話 ブラックなんでしょ
机を運ぶ度、モップをかける度、素振りで裂けたマメが痛み、今日から部活動下校時刻が18時30分まで延びることを思い出す。
S中学校では、帰りの会の前に15分間の清掃活動がある。遠藤は、担任を務める1年2組教室の清掃監督だ。ほうきがけをする生徒、モップがけをする生徒、黒板消しをかける生徒、窓を拭く生徒、机を運ぶ生徒、黙々と取り組む生徒もいれば、私語が伴う生徒、掃除すらしない生徒など様々だ。遠藤は時折注意を飛ばしつつ、共に清掃活動に取り組んでいる。
清掃活動も、コロナの影響で従来のやり方からの変更を余儀なくされた。K市ではまず、床に付着したウイルスに触れるリスクへの懸念から、床の雑巾がけが廃止された。替わって導入されたモップがけは、床を這う必要が無くなったうえ、雑巾がけより数段効率的な清掃が可能となり、生徒からも好評だ。
また、生徒によるトイレ清掃も、やはり感染リスク回避を理由に廃止された。教育委員会からは当初、その代替として教員によるトイレ清掃が通達されていたが、方々から批判が集まり、順次業者委託に切り替わった。
モップ掛けもトイレ掃除業者委託も、導入されたそれ自体は、生徒及び教師双方から歓迎されたが、遠藤が担任を務める1年2組では、思わぬ形で指導が増える結果となる。
遠藤の清掃監督担当箇所は、教室だけではなく、下階へ続く階段も含まれる。遠藤は、折を見て教室を離れ、階段掃除の様子を見に行った。踊り場には1年2組の生徒6人が清掃に取り組んでいる。清掃態度は、教室の生徒と同じようなものだ。
遠藤が踊り場のほうきがけを手伝いしばらくすると、階上の教室からどよめきが響いた。
不吉な予感に貫かれた遠藤は、速足で教室に戻り、ドアを開けた。
「おい、どうした!」
そう声を張ったが、目に飛び込んだ光景から、大体の顛末は想像できた。壁沿いに傍観する生徒、中央で立ち尽くす男子2名、そして床に転がる折れたモップの先端部。男子のうち一人は先端部の無いモップの柄を持ったままだ。
全員の視線が中央の男子2名に注がれた。二人は、ばつが悪そうに黙ったままだ。遠藤は重ねて問うた。
「モップが折れているのは、二人が関係してるのか?」
二人は俯き加減に互いに目を合わせ、苦笑いして頷いた。
「来なさい」
遠藤は、教室清掃監督を隣のクラスの川村に任せ、二人を連れて1階の職員室へ向かう。今はどの部屋にも清掃の生徒がいる。落ち着いて事情聴取できる場所は、唯一生徒による清掃が入らない職員室しかない。二人は遠藤の背中が向かう方向から職員室に連行されることを察し、不服そうな表情を浮かべている。
職員室後方の椅子に二人を座らせ、事の経緯を説明させる。
モップでホッケーの真似事をしたこと。モップの先端がぶつかり合い、片方が破損したことなどが語られたが、口元に時折笑みが浮かぶのを見る度に、遠藤は二人に反省の欠如を感じ、むしゃくしゃとした。
「物が壊れてるんだぞ?反省してるのか?」
「してます」
そのとき、生徒指導主事の市川が様子を見に来た。二人の表情が引きつる。遠藤がここまでの状況をまとめて市川に説明すると、市川は教室の生徒にも事情を聴いて来るよう遠藤に指示した。二人の供述内容が正しいか裏を取る目的だ。
遠藤が二人を市川に任せ教室に戻ると、川村が清掃監督で生徒に付いていた。川村に目線だけで謝意を伝えると、近くにいた女子生徒に事情を聴き、二人の供述と概ね一致することを確認した。
急ぎ足で職員室に戻る途中、強風が窓枠を叩く音が廊下に響いたが、清掃終了時刻を告げるチャイムにかき消され、遠藤の耳には、届かなかった。