定時先生!第41話 煎餅
本編目次
第1話 ブラックなんでしょ
3月も中旬に差し掛かり、春がそこかしこに芽吹き始めたものの、日が沈むと、冬が名残り惜しむかのようにまだまだ寒さが堪える。
蛍光灯に煌々と照らされ、暖房が効いた夜の職員室。湯気の立つ緑茶をすすりながら、定年目前の男性ベテラン教員が尋ねた。
「もうすぐ初担任でしょ」
この時期、職員室の関心は、来年度の人事にある。3月には、校長及び教頭をはじめ、学校運営の中心となる一部職員によって来年度の組織案がほぼ出来上がっている。あとは、職員ごとに校長面談が行われ、来年度の役職や、異動者であれば新たな勤務先が告げられる。
「多分…。でもまだ面談してないんで、何学年かも、そもそも担任かどうかもわかりませんよ」
中島は冗談らしくそう答え、チョコをつまんだ。
「いやいや、初任校は3年しかいられないんだから、4月からは担任に決まってるって」
ベテランはそう応じて湯呑みを置き、煎餅の個包装を開けながら大声で笑った。
中島の初任者としての1年が終わろうとしている。
初任者研修で知り合った他校の同期採用者達は、1年目から担任をもたされる者ばかりだったが、中島は1学年の副担任を任されていた。それは、新卒採用の中島にとって、ありがたかい分掌だった。中島はこの1年間で、自分なら担任業務をどう運営していくのか熟考できた。
今中島とお喋りに興じるベテランも含め、職員室の半分以上は40代後半以上の熟練の担任達であり、初任者の中島には大いに参考になった。
初任者研修で聞かされた講義を思い出す。市教育センターの講義室。50人程の初任者達が密に座っている。講師を務める市教委の担当者が語る。
ー今、本市は団塊世代の大量退職の波が迫っています。また、30代の職員は、ほとんどいません。10年後、つまり今年初任者の皆さんが30代になる頃には、学年主任や教務主任といった、学校運営の中心となる主任級となる方も出てくるでしょうー
そう言われても、駆け出しの初任者である中島には、ピンとこなかった。まずは、周囲に支えられてなんとかこなしている今の副担任業務。そして、おそらく来年度務めるであろう初担任。これらをどう乗り切るかが重要だ。
「やっぱりそうですよね。あと2年しかいれないんで、人事希望には2学年担任って書いたんですけど。どうなりますかね」
「あのねえ、中島君。初任者は、全部の欄で一任、って書くんだよ」
「えー…」
煎餅で差されながら言われ、中島は苦笑いを浮かべた。そんな慣習は初耳だった。ならば、部活動希望欄に書いた内容も好ましくなかったかもしれない。
「ところで中島君、早く帰らなくていいの」
「いやあ、明日の授業がまだできてないんで、帰れないですよ」
ベテランは、憐れみの目で中島を見つめ、返事の代わりかのように、口の中で煎餅をガリガリと砕く音が響かせた。やっと飲み込み、一言つぶやく。
「新婚なのにね。気の毒に」