定時先生!第20話 様々な要因
本編目次
第1話 ブラックなんでしょ
朝の職員玄関で挨拶を交わした遠藤と中島の横を、男子生徒が通りかかった。にこやかに中島に話しかける。
「あ、中島先生、おはようございます。今日も定時出勤ですね?」
「おう、おはよう。そうだよ。尊敬しろ」
「おー、さすが」
遠藤は知らない生徒だったが、持っていたラケットケースから、中島が受け持つバドミントン部員だと察せられた。
「今のはバド部ですか」
「そう。彼は3年の部長」
部員と中島が気さくに話す様に、遠藤は内心驚いた。
かつて自身が選手だった頃、部活動顧問といえば、話しかけることすら憚られる存在であり、時が経ち自分が顧問となった遠藤は、その顧問像に従い、ソフトテニス部員とは日頃一線を画し接していたからだ。
「トラックの外の生活がトラック上に表れるんだ。いいか。学校生活をきちんと送れない者は記録を伸ばせない。リレーもそうだ。4人の日頃の信頼関係や思いが、バトンに宿るんだ」
短距離の選手たちを集め、陸上部顧問はそう語った。当時中学生2年生だった遠藤は、その言葉に大した意味を感じていなかった。自身も含め、リレーメンバー個々のタイムは他校と比較しても頭一つ抜けていた。新人戦は俺たちの優勝に間違いない、と。
しかし、この時まだ遠藤は気付いていなかったが、リレーメンバー各自のモチベーションには、大きな差があった。やがてメンバー内に軋轢が生じ、迎えた新人戦は、前評判とは程遠いタイムで優勝を逃した。
思えば当時は、学校生活も適当で、持て余した熱量を陸上に振ることもなかった。その後遠藤らメンバーは、胸襟を開き話し合いわだかまりを解き、顧問に叱咤激励されながら厳しい練習を乗り越え、春季大会では、見事優勝を成し遂げた。
顧問からもらったあの時のあの言葉。正しかったんだ。競技の技術だけではない。俺は部活動から、顧問の先生から、大切なことをいくつも教わった。
競技未経験ながらソフトテニス部顧問となった遠藤は、部員に対し技術的に教えられることはほとんどなかった。その分遠藤は、生活面や態度面の指導に力を入れ、熱心に練習に励む3年生を支えられるよう努力した。時折部員たちに私語や気の抜けた態度が見られると、遠藤はすかさず指導した。何をしている、3年生最後の大会が迫ってるんだぞ、しっかりやれよと。
5月、遠藤はソフトテニス部保護者会に臨み、来校した半分ほどの部員の保護者に対し、部の方針等を一通り説明した。解散となった後、レギュラーメンバーの母親3人連れに話しかけられた。顧問である遠藤に感謝している、子供が本気で取り組んでいる、保護者としても応援している、コロナ禍でもぜひ練習を確保してほしいと。
ーでも、減らせる気はしないですー
自身が体験した部活の価値、目の前の生徒、保護者の期待。様々な要因が、遠藤にそう言わせた。
ー遠藤先生も、3年生が引退してから、少しずつ減らしたらどうだろうー
ーそれでうまくいきますかー
だからこそ遠藤は、中島からの助言も信じきれないのだった。