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定時先生!第47話 2年目の目標

「進級おめでとう。今日から皆さんの担任になります、中島です…」

 途中で、挨拶をやめた。生徒がざわめいていたからだ。察した生徒から私語をやめたが、一部の生徒は気付かず私語を続けていた。中島は心を決め、ゆっくり息を吸い込み、語気を強めた。

「おい!私語やめろ!」

一瞬で静まり返った教室を、中島は険しい表情で見つめたまま、静かに、続けた。

「担任になった以上、厳しくすることもあります」

 中島は、前年度副担任を務めた1学年から、そのまま持ち上がる形で2学年担任となっていた。怒りを滲ませた表情で教室を睨みながら、学年主任から授けられたアドバイスを思い出す。

「無事に3学年まで持ち上がってクラスを卒業させたかったら、担任がいるだけでピリッとなる教室にすることだよ」
「そうなれると良いんですけど…。ただ、この学年の生徒たちには去年からの付き合いで友達みたいに思われてるところがあるんで、うまくいくか不安なんですよね…」
「そこはさ、『黄金の3日間』だよ中島君。部活でも学級でも、怒鳴ってなんぼだよ、3日間とは言わず、その後もずっと」

 年度初め3日間は、大抵の生徒は緊張感をもっており、教師の指導が入りやすい状態にあることから「黄金の3日間」と呼ばれ、集団規律確立に向け重要な期間とされている。この機を逃すまいと、初日の教室で声を荒げた中島。新担任が中島と知り、少々浮かれていた生徒たちは、これまでの中島からは想像もつかないような口調に目を丸くしながらも、指導を受け入れ、私語をやめた。

 結婚式で親族からもらった一升瓶を、美咲のグラスに傾ける。

「去年はさ、生徒を静かにさせるのにも一苦労だったわけ。でもね、教師が厳しい態度を示せれば、こんなにも生徒の反応は変わるのかって感じ」
「去年大変だったみたいだし、良かったじゃない」

 時折、互いの職場の話をしながら晩酌を交わすのが、中島夫妻の楽しみとなっていた。

「部活の方も厳しくしてるよ。…帰りいつも遅くてごめんね」
「いいよ。やっとなれたバド部だもん。がんばってね」
「ありがとう。部活移れたのはほんとラッキーだったよ」
「でも、『黄金の3日間』って言葉があるぐらいなんだから、逆を言えば、これからだんだん指導が難しくなってくるんじゃない?とりあえず今まではもってるけど」
「不吉なこと言わないでよ」
「うそうそ」

 替わって美咲が注ぎ手になり、中島のグラスが満たされていく。美咲に言われてしまったが、その懸念は中島にもあった。

とにかく嘗められないように。

 1年目の苦い経験。怒声が響くN中の日常。間近で見てきたソフトボール部正顧問の厳しさ。学年主任の助言。教師2年目の中島の目標は、かのようにして固まった。