見出し画像

定時先生!第45話 規律を与えるには

本編目次

第1話 ブラックなんでしょ

 中島がソフトボール部副顧問として着任した当時、N中ソフトボール部は既に強豪として知られていた。中島の数年前に着任した正顧問は、県ソフトボール専門部の役員を務めるほどの実力者であり、この顧問の厳しい指導のもとプレーするために、何人もの生徒が公立校であるN中学校に学区越境で入学してくるほどだった。
 平日の朝と放課後、そして休日も朝から夕方まで正顧問の怒声がグラウンドに響き、休みなど無いに等しかった。毎週のように組まれる遠征では、交通費が支給されることもなく自己負担であった。
 今でこそ、こうした加熱した活動を制限する意味でも部活動ガイドラインが制定されているが、当時は顧問の裁量で堂々と好きなように練習を組めた。教師の多忙など社会的に認知されておらず、むしろ長時間労働してこそ優れた教師であると今よりも強く信じられていた時代である。1年目の初任者であった中島も、漏れなくこうした意識のもと、ソフトボール部の活動に疑問を抱くこともなく、顧問の一人として日々指導にあたっていた。
 とはいえ、専門競技はバドミントンである中島に、技術的に指導できることなど何も無い。それどころか、部員への指導から事務作業等運営面まで全てにおいて正顧問のやり方があり、中島のサポートできることは多くなかった。正顧問からは、自分が厳しく部員を指導した後のフォローだけ頼みたい、そのために部員と普段からコミュニケーションをとり、信頼関係を築いておくように、と言われていた。それもあり、中島はソフトボール部の全ての日程に必ず参加し、少しでも部に貢献しようとした。
 しかし、日頃正顧問から厳しい指導を浴びていた部員たちは、若い中島に対し友達に近い感覚で接し、正顧問が不在であれば中島がいようと練習に緊張感を欠くことも多く、中島は歯がゆい思いでいた。
 生徒に規律を与えるにはいかように接するべきか。1年目の中島にとって、大きな課題だった。

「来年度、バドミントン部の正顧問になれれば、あるべき生徒との関係を一から築けると思うんだよね。今のソフトボール部でのような中東半端な関係じゃなくてさ」
「そうかもね。バドミントンなら技術指導もできるし、生徒もついてくるかもね」

 いつものように美咲に聞いてもらいながら、思う。自分の課題はそれだけではない。
 
 この人を幸せにしなければならない。