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定時先生!第17話 相談

本編目次 

第1話 ブラックなんでしょ

 遠藤は、自己中心的とすら思っていた中島の口から、印象とはむしろ真逆の、この上なく利他的な信条が語られたことに頭を殴られたような衝撃を受けていた。遠藤の脳裏に、初めて会った日の中島の言葉が浮かぶ。

ー学年は違うけど、俺同じ国語科だからさ、授業案とか、すぐ提供できるから。声かけてねー

 そうだった。この人は出会ったときから、そういう人だった。学年が異なり、放課後いつも職員室にいない中島とは普段話す機会がないとはいえ、断片的な情報だけで人を判断していた自分が後ろめたい。

「なんて偉そうなこと言ってるけどね、俺の考えが正しいとは限らないよ。さっき言ったけど、今は試してる段階だからね。正しかったかは、きっと未来にわかる。それに、そもそも俺が時短とか負担軽減を始めたのは、最初は完全に自分のためだったんだ。俺も初若年者の頃は夜遅くまで残業コースだったからね」
「先生にもそんな頃があったんですか。全く想像できないです。僕は今、こんな明るい時間に退勤できて、何だか変な気分ですよ」
「わかる。それ俺も昔思ったことあるよ。今じゃ大体定時で帰ってるから当たり前だけどね。あ、でも仕事はちゃんとしてるよ」

 遠藤は見透かされた気がして耳が熱くなるのを感じ、助手席の窓の外に視線を向けた。人々が行き交い、日差しが街路樹の緑を照らしている。日頃退勤時に眺める、夜に沈んだ街の風景とはあまりにかけ離れ、まるで違う世界にいるようだ。

「今の考え方になったのはここ数年だよ。発表者やろうと思ったのなんて#教師のバトン 知ってからだしね。初若年者に発表者をさせるのは良くないとは前から思ってて、今回立候補するし良い機会だと思って削除を提案したけど、上手くいったね」
「ぼくは自分が発表者にされるんじゃないかと思ってヒヤヒヤでしたよ」
「若い人がなるべく勉強した方が良いのはそうかもしれないけど、定研授業公開はやらせすぎ。現場に立ってるだけで勉強してるようなもんだし、若いほど毎日苦労してると思うんだよね。だから遠藤先生、もし何か困ってることあったら、俺で良ければ聞くよ」

 遠藤は、行きの車内で定研授業公開への不安を中島に相談しなかった。しかし今は、自分でも不思議に思うほど素直に、ずっと抱え続けてきた悩みを、中島に打ち明けていた。

「実はー」



「ーそれでうまくいきますか」
「わからない。状況次第かな」

 駅が見えた。ロータリーに中島の車が滑りこむ。

「今日はありがとうございました。やっぱり車っていいですね」
「そうだね。学校って駅から遠いことも多いからね」
「ぼくもいつか車買いたいんですよ。どんな車がいいですかね」
「そうだな、前はミニバン乗ってたこともあるけど、今のこの軽も悪くないな。総合するとベンツかレクサスが良いんじゃない」
「あはは、どこを総合したらそうなるんですか、それじゃ失礼します」
「はーい、お疲れ。また明日」

改札へ向かいながら遠藤は、中島に打ち明けた苦悩を思い返した。

 ー実は、部活が辛くて、減らしたいんです。でもー