3-4.海をまたぐ物流の要:特別展「海 ―生命のみなもと―」見聞録 その14
2023年08月12日、私は国立科学博物館を訪れ、一般客として、特別展「海 ―生命のみなもと―」(以下同展)に参加した([1])。
同展「3-4.海をまたぐ物流の要」では、株式会社 商船三井は、現代社会において海運は私たちの生活に不可欠な存在であることを伝えている。実際、大量・長距離輸送に優れた船は、太古の昔から人や物を運ぶ主要な手段であり、現代においても世界経済の拡大にあわせて海運の需要は年々高まっている。食品、電化製品、紙の原料である木材チップ、石油、石炭、天然ガスなど貨物の種類は多岐にわたり、日本においては輸出入品の実に99%が船によって運ばれている([2]のp.138-139)。
海運は、海上ルートを利用し、船舶で貨物や旅客を運ぶことで、海上輸送とも呼ばれる。
海運と一口に言っても、運ぶものは様々で、物によって使われる船が異なる。海運に使われる船は、以下の通りである([3])。
製品輸送:コンテナ船、ばら積み船、RORO船。
資源・エネルギー輸送:石油タンカー、LPG船・LNG船。
旅客輸送:フェリー。
01.LNG船
LNG船は、天然ガス(Natural Gas)を液化(Liquefy)したLNG(Liquefied Natural Gas:液化天然ガス)を運ぶタンカーである。
超低温輸送のための特殊な材質のタンク、荷役における事故を防ぐ緊急遮断装置、および、気化したガスを燃料として使用するタービン エンジンなど、LNG船には多様な技術が駆使されている。
LNGは、SOx(硫黄酸化物)を発生させず、NOx(窒素酸化物)やCO2(二酸化炭素)の排出量が、石油や石炭に比べて30%~40%少ないため、環境に優しいクリーン エネルギーとして世界各国で需要が急増している([4])。
2014年10月02日、株式会社 商船三井(社長:武藤光一、本社:東京都港区、以下「商船三井」)は、三菱重工業株式会社(社長:宮永俊一、本社:東京都港区、以下「三菱重工業」)で建造している大阪ガス株式会社(社長:尾崎裕、本社:大阪府大阪市、以下「大阪ガス」)向け新造LNG船の命名式を三菱重工業長崎造船所で行った。
式典には多数の関係者が参加し、大阪ガスの尾崎裕 代表取締役社長により「LNG VENUS(エルエヌジー ヴィーナス)」と命名され、続いて同ご令室により支綱切断が行われた。
本船は、商船三井と大阪ガスの100%子会社である大阪ガスインターナショナルトランスポート株式会社(社長:近本茂、本社:大阪府大阪市)が共同保有し、竣工後は大阪ガスが契約するプロジェクトのLNG輸送に従事している。
2023年06月01日、商船三井(社長:橋本剛、本社:東京都港区)のグループ会社であるエム・オー・エル・エルエヌジー輸送株式会社(社長:太田敏彦、本社:東京都港区)が管理する「LNG VENUS」が、海上気象の観測・通報により気象業務の発展に多大な貢献をしてきたことが評価され、海上気象観測通報優良船として気象庁長官表彰を受賞した。
気象庁は、毎年06月01日の気象記念日に、海上気象の通報者を対象に「国土交通大臣表彰」と「気象庁長官表彰」を授与しており、商船三井グループ管理船は2016年より8年連続で同記念日に表彰を受けている(図14.01,[5],[6])。
02.自動車船
自動車船はPCC(Pure Car Carrier)またはPCTC(Pure Car and Truck Carrier)と呼ばれ、自動車や建設機械など自走できる貨物を専門に輸送するために設計された船である。1965年、商船三井は日本初の自動車専用荷役装置を設けた専用船「追浜丸」を就航させた。
船内は何層ものデッキ構造になっており、立体駐車場のようになっている。その独特の船型から風圧を受ける面積が大きいので、風にあおられ斜めに進む「斜航」の発生率が他の船型より大きくなっている。これを軽減し燃費効率を上げるため、商船三井の自動車船は、船首を斜めにカットしてラウンド状とし、船側部には全長にわたって段差を設け、横風による影響を軽減している。
貨物デッキは、乗用車だけでなく、大型バスやトラックなどの車両や建設機械なども積めるように、一部は車高に合わせて高さを調節できる「リフタブル デッキ」になっている。できるだけ多くの車を積めるよう、車と車の間隔は前後30 cm、左右10 cmほどに積載し、輸送中に動かないように固縛する。
「追浜丸」就航時は1,200台積みであったが、現在では8,500台積みもある。この積載できる台数は、長さ4.125 m、幅1.55 mの乗用車を基準として換算している。2018年に竣工した、商船三井のFLEXIEシリーズは6,800台積みで、多様化するさまざまな車両にフレキシブルに対応できる自動車船である。デッキ数は14層で、そのうちの6層が高さの調整可能なリフタブル デッキを採用し、デッキを調整することで高さ5.6 mまでの貨物を積載可能である。また、「ランプウェイ」の耐貨重は150 tで、自動車船で輸送されるほとんどの大型貨物に対応できる([7])。
「BELUGA ACE」は、リフタブル デッキを2層から6層に増やし、船殻構造をバルクヘッドなしとすることで荷役効率が向上し、船首尾形状の見直しや低摩擦防汚(Anti-fouling:AF)塗料等の省エネ技術の採用により、車1台当たりのCO2排出量を大幅に減少させた自動車専用船である。拡張現実(AR)技術を用いた航行支援システム、遠隔現場支援システムなどに加え、外観デザインも一新された次世代型PCCである。なお、この船はシップ・オブ・ザ・イヤー 2018を受賞した(図14.02,[8])。
03.ウインド チャレンジャー(硬翼帆式風力推進装置):次世代帆船
パリ協定発効以来、高まり続ける温暖化防止へ向けた機運の中、2018年04月、国際海事機関(International Maritime Organization:IMO)により温室効果ガス(Green House Gas:GHG)削減戦略が採択され、2050年に船舶からのGHG排出総量を2008年比50%削減することなどが定められた。近年では、カーボンニュートラルに向けた動きが、世界において活発化している。
ウインド チャレンジャーは、帆を利用し、再生可能エネルギーである風力を船の推進力に活用する。現在の大型商船は、進力のほぼすべてを化石燃料に頼っているが、帆の設置により、風力を直接推進力としてプラスすることで、スピードを変えることなく、化石燃料の使用量を抑えることができる。帆の設置、つまり、かつての帆船の技術を、現代の最新技術により最大進化させ有効活用することで、大型貨物船の燃料消費を抑え、GHG排出量を大幅に削減する。
2022年10月07日、風力エネルギーを直接船舶の推進力に変えるウインド チャレンジャー技術を搭載した第1号船「松風丸(しょうふうまる)」は、ついに竣工し、オーストラリアに向けて運航を開始した。そして、2022年10月24日、「松風丸」はオーストラリアのニューキャッスルに初入港したことに伴い、現地で式典が行われた。
また、「松風丸」はシップ・オブ・ザ・イヤー2022を受賞した(図14.03,[9],[10],[11],[12])。
本記事の執筆から、海運は私達の日常を支えている、言わば「縁の下の力持ち」であること、そして、日本船舶技術は一般人が思っている以上に進歩していることを痛感した。
参考文献
[1] 特殊法人 日本放送協会(NHK),株式会社 NHKプロモーション,株式会社 読売新聞社.“特別展「海 ―生命のみなもと―」 ホームページ”.https://umiten2023.jp/policy.html,(参照2024年03月23日).
[2] 特別展「海 ―生命のみなもと―」公式図録,200 p.
[3] 株式会社 富士ロジテック ホールディングス.“物流における海運(海上輸送)とは?割合や重要性、現状などを解説”.富士ロジテック グループ総合採用特設サイト ホームページ.物流業界情報.2022年12月27日.https://recruit.fujilogi.co.jp/%E7%89%A9%E6%B5%81%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E6%B5%B7%E9%81%8B%EF%BC%88%E6%B5%B7%E4%B8%8A%E8%BC%B8%E9%80%81%EF%BC%89%E3%81%A8%E3%81%AF%EF%BC%9F%E5%89%B2%E5%90%88%E3%82%84%E9%87%8D%E8%A6%81/,(参照2024年03月25日).
[4] 株式会社 商船三井.“3 エネルギー輸送(LNG船)”.商船三井 トップページ.暮らしと産業をささえるいろいろな船.https://www.mol.co.jp/various-vessels/lng_carrier/,(参照2024年03月26日).
[5] 株式会社 商船三井.“大阪ガス向けLNG船 “LNG VENUS”と命名”.商船三井 トップページ.プレスリリース 2014年.2014年10月02日.https://www.mol.co.jp/pr/2014/14059.html,(参照2024年03月26日).
[6] 株式会社 商船三井.“8年連続で当社グループ管理船が海上気象観測通報優良船として表彰 ~2023年気象庁長官表彰を当社グループ管理船「LNG VENUS」が受賞~”.商船三井 トップページ.プレスリリース 2023年.2023年06月08日.https://www.mol.co.jp/pr/2023/23073.html,(参照2024年03月26日).
[7] 株式会社 商船三井.“5 製品輸送”.商船三井 トップページ.暮らしと産業をささえるいろいろな船.https://www.mol.co.jp/various-vessels/product_trasnportation/,(参照2024年03月27日).
[8] 公益社団法人 日本船舶海洋工学会.“シップ・オブ・ザ・イヤー2018”.日本船舶海洋工学会 ホームページ.シップ・オブ・ザ・イヤー.受賞船紹介.https://www.jasnaoe.or.jp/soy/2018.html?id=soy01,(参照2024年03月27日).
[9] 株式会社 商船三井.“WIND CHALLENGER 次世代帆船”.商船三井 サービスサイト トップページ.省エネ技術.https://www.mol-service.com/ja/energy-saving_technologies/windchallenger/,(参照2024年03月27日).
[10] 株式会社 商船三井.“WIND CHALLENGER ウインド チャレンジャー 第1船竣工”.商船三井 サービスサイト トップページ.導入事例.https://www.mol-service.com/ja/case/windchallenger01,(参照2024年03月27日).
[11] 株式会社 商船三井.“ウインド チャレンジャー(硬翼帆式風力推進装置)搭載 石炭輸送船「松風丸」がオーストラリアに初入港”.商船三井 トップページ.プレスリリース 2022年.2022年10月25日.https://www.mol.co.jp/pr/2022/22122.html,(参照2024年03月27日).
[12] 公益社団法人 日本船舶海洋工学会.“シップ・オブ・ザ・イヤー2022”.日本船舶海洋工学会 ホームページ.シップ・オブ・ザ・イヤー.受賞船紹介.https://www.jasnaoe.or.jp/soy/2022.html?id=soy01,(参照2024年03月27日).