『もうダマされないための「科学」講義』を読む:ニセ科学に対抗するために
縁あって、私は仮想大学校(以下同校)に入学し、ゼミナールである「科学リテラシー基礎 ニセ科学にだまされないための科学と工学の考え方」(以下同ゼミナール)の学生として参加した([1])。
私は一般社団法人日本癌医療翻訳アソシエイツ(以下JAMT:ジャムティ)([2])海外癌医療情報リファレンス([3])で、米国国立がん研究所(NCI)([4])等の機関によるがん関連記事を多数翻訳している。
私は末席とはいえ、翻訳を介して、がん医療に関わっている以上、ニセ医療に対抗せざるを得ない([5])。
実際、私はその一環として、noteで『精神腫瘍学とがん哲学外来:ジャパンキャンサーフォーラム2021を介して、ジャパンキャンサーフォーラム2018を振り返る その04』([6])と『ファッションはがん患者・サバイバーの心を救う:ジャパンキャンサーフォーラム2021を介して、ジャパンキャンサーフォーラム2018を振り返る その05』([7])を執筆・公開した。
前置きはこのくらいにして、私は同ゼミナールで紹介された本の1つである『もうダマされないための「科学」講義』(以下同著、[8])を読んだが、その感想を紹介する。
同著は、1~4章、ならびに、付録から成るが、以下の感想を述べる。
1章 科学と科学ではないもの 菊池誠(以下敬称略)
科学と非科学の間の境界は思っている以上に曖昧である。しかし、前者は反証可能だが、後者は不可能である。
科学、特に自然科学は「自然は無慈悲だが正直だ」という身も蓋もない事実に基づいている。一方、ニセ科学は(偽りの)希望を謳っている。それ故、前者は凡庸で退屈に見え、後者は魅力的に映る。しかし、この種の(偽りの)希望は科学を歪ませる。
科学、特に自然科学には、倫理や道徳を提供できない。というか、科学、特に自然科学に倫理や道徳を提供させるな!
「ゼロリスク思考/志向」を捨て、「疫学的思考」を身に着けろ。そうすれば、「白黒(ゼロイチ)思考」の克服は困難でも、その相対化はできる。
科学的な説明では、他の知識との整合性が最も重要である。
ニセ科学にきちんと対処し、かつ、科学をきちんと伝えるためには、伝える方も学ぶ方も科学には筋道、理屈、および、整合性があることを知る方がよい。
2章 科学の拡大と科学哲学の使い道 伊勢田哲治
現代において、様々な問題を解決しようと知を組織する際には、「極めて超領域的な」状態にならざるを得ない。
伊勢田によると、科学には以下の2つのモードが存在する。
モード1科学:世界の解明が主な目的。物理学や生物学など。大学が研究の中心。科学のエートスであるCUDOSを重視。
なお、CUDOSは以下に示す通りである。
1.科学的真理の共有性 することの優先(共同占有性:Communalism)。
2.科学的真理は、人種、ジェンダー(性別)、民族性、国籍や特定の文化など影響を受けないという普遍性(Universalism )への信念。
3.科学の利益は、人類のためにあり、私利私欲のためにあるのではないという無私性/利害への無関心(Disinterestedness)。
4.検証や証明がされるまでには、どんな真理と言われるものに対しても疑問をぶつける組織的懐疑主義(Organized Skepticism)。
モード2科学:問題解決が主な目的。環境学や情報学など。大学、政府、自治体、および、企業などの共同が不可欠。CUDOSより問題解決への有効性が優先。
いわゆる「ローカルな知」はモード2科学と密接に関連している。
霞ケ浦の自然再生プロジェクトである「アサザ プロジェクト」([9])が身をもって示した通り、現在では、社会問題解決において、モード2科学と「ローカルな知」の連携が不可欠である。
モード2科学と「ローカルな知」も科学である以上、境界設定問題と反証可能性に対して開かれている必要がある。しかし、境界設定問題に関して は、「画一した線を引くのは難しい」ときている。
モード1科学である自然科学系学問と異なり、モード2科学である人文系の学問は近年までCUDOSを重要視していなかったが、これからは人文系の学問もまたCUDOSを重視する必要があると私は考える。
モード1科学もモード2科学も信頼性が必須であることを痛感する。ただ、信頼性の基盤となる「絶対的な閾値」の設定が非常に難しい。
3章 報道はどのように科学をゆがめるのか 松永和紀
2009年09月、花王株式会社(以下花王)は「エコナ関連製品」の製造・販売を自粛した。
そして、2015年03月、以下の結論を発表した。
1.DAG油(エコナ油)はすでに流通しておらず、摂取した期間、量、年齢等が人により異なるとともに、各人の背景生活条件等の交絡要因が様々なため、過去に摂取した個人の生涯発がんリスクを判断することは困難である。
2.実験動物において、グリシドール脂肪酸エステルを不純物として含む経口投与によるエコナ油の発がん促進作用は否定され、問題となる毒性影響は確認されなかった。
また、この評価を食品安全委員会に諮問を依頼した厚生労働省からは、「これら(エコナ油)製品を摂取したことによる健康被害事例は報告されていないことから、直ちに重大な健康影響があるものとは考えておりません」とのコメントが出ている([10])。
上記の件から、花王は「少なくともエコナは、グリシドール脂肪酸エステルを他の食用油よりも10倍多く含んでいるので、そこはよくないよね。せめて、他の食用油並みに落とす企業責任があるよね」と考えたがゆえに、製造・販売を自粛した。
しかし、米国の生化学者ブルース・エイムス教授が1990年に発表した論文によると、すべての野菜や果物には天然の化学物質が含まれ、そのうちの52種類について調べると、27種類に発がん性があり、かつ、この27種類はほとんどの食品に含まれることが分かった([11])。
また、食品中に含まれ、発がん性があるまたは疑われている物質には、カビ毒の一種であるアフラトキシンB1、肉や魚などの焼き焦げに含まれるヘテロサイクリックアミン、および、じゃがいもなど炭水化物を多く含む食品を、油であげるなど高温で加熱した場合に生成されるアクリルアミドなどがある([12])。
ポテトチップスがアクリルアミドを含むとはいえ、それより多くの脂質や塩分を含む以上、生活習慣病を警戒すべきである([13])。
外国では遺伝子組み換え作物は広く商業栽培されている一方、日本では青いバラだけが商業栽培されていることは知られていない。また、遺伝子組み換え作物は生物としては、「結構弱い」、当然生態系を破壊する力などないことも知られてはいない([14])。むしろ、ブラックバスやウシガエルの方が生態系を著しく破壊している([15])。
4章 3・11以降の科学技術コミュニケーションの課題―日本版「信頼の危機」とその応答 平川秀幸
東日本大震災を契機に、日本社会は「想定外」を想定するようになった。しかも、現在では新型コロナウイルス感染症(COVID-19)や2022年ロシアのウクライナ侵攻により、この傾向は不可避なものになった。
東日本大震災以前の日本政府は国民に自らの取り組みについて理解を求めるという一方向のコミュニケーションになりがちであったが、今後は、政府や研究者・技術者などによる適切な情報公開を前提に、これら科学技術の関係者と国民が真摯に双方向の「対話」を行い、「相互理解」の上に、共に科学技術イノベーション政策の形成過程に「参画」し、より良い科学技術ガバナンスを実現させることが政策の重点となる。
この件に気付いたことは日本の科学技術コミュニケーションにおける「一大転機」とはいえ、これの実現はまさに「険しく遠い道」である。だからこそ、やり遂げるしかない。
当然、双方向の科学技術コミュニケーションの実現のためには、「専門性の民主化」の必要、即ち、専門家、市民、および、政策立案者が科学技術に関する専門知識を広く共有する必要がある。余談だが、及ばずながら、私はnote上でこうした科学技術に関する専門知識を広く伝えている。
サイエンス カフェも上記の試みの1つであるが、日本では「啓発が主体になって」しまう。
その一方で、トランスサイエンス的問題、即ち、「認識論的には事実に関する問題であって、科学の言葉で述べることができるが、科学の範囲を超えるがゆえに科学では答えられない問題」が東日本大震災以降に顕著になってきた。社会全体がこの種の問題に対処するためには、「専門性の民主化」は必須ではないのかと私は考える。
また、「専門性の民主化」には、誰もが以下の事柄を実践すべきではと考える。たとえ、それが「険しく遠い道」でも。
1.科学知識の不確実性と修正可能性を理解する。
2.価値判断の多面性や政治的・法的問題との関わりの深さを理解する。
3.知識ソースの一元化から多元化へ、即ち、教科書、参考書、および、専門書を読むだけでなく、政府機関や大学などの教育機関、医療機関、患者団体などの信頼度が高い機関などから信頼できる情報を入手する。
4.トランスサイエンス・コミュニケーションの促進([16])。
5.リスク・クライシス コミュニケーションのための人材を政府内で揃える。
6.科学技術に関する「公共的関与」の活動の幅を広げ、社会の側から政府に対して働きかける「参加の回路」の整備。
7.対話の目的の設定。
8.多様性とその可視化。
9.開かれたアーカイブの設置。
付録 放射性物質をめぐるあやしい情報と不安に付け込む人たち 片瀬久美子
福島第一原子力発電所事故以降、怪しい情報や不安に付け込む人たちが多数出現した。
怪しい情報を発した人や不安に付け込む人の根底にあるものは、政府や原子力関係者への不信感であるが、それは反権力というより、むしろ、自分達を疎外してきた日本的世間に対する復讐である。
なお、彼らがこの種の疎外感や復讐心を抱いた理由は、彼らが発達障害などを抱えているがゆえに周囲から疎外されたためと思われる。
この種の人は他者にかまってもらいたがっているがゆえに、できるだけショッキングなデマをはいたわけである。実際、この種の人間はCOVID-19に関するデマを吐き続ける一方で、周囲などから馬鹿にされ、ますます孤立してゆく…。
自称他称を問わず煽りジャーナリストの場合は、「デマが事実なら、一発逆転を狙える」ことを願って、デマを言い続ける。もっとも、この機会は決して訪れなかった。
怪しい商売人や煽りジャーナリストに関しては、個人的には「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(以下薬機法)で取り締まるべきではと私は考える。「言論・表現の自由」を守るためとはいえ、デマやニセ科学(特にニセ医療)を野放しにすれば、却って「公共の福祉」や人命が損なわれるからな。
以上が、同著に関する拙感想である。
これが読者の皆様のお役に立つことができれば、嬉しくかつ有難い。
参考文献
[1] 仮想大学校-Cross Reality College-.“本日はやまなみさんのゼミのご紹介です。ポスター、紹介文、ゼミの詳しい内容は添付の画像をご確認ください。#VRChat #仮想大学校 ”.仮想大学校-Cross Reality College-.2023年02月06日.https://twitter.com/xrc_jp/status/1622550684640968706,(参照2023年04月03日).
[2] 一般社団法人 日本癌医療翻訳アソシエイツ.一般社団法人 日本癌医療翻訳アソシエイツ トップページ.http://jamt-cancer.org/,(参照2023年04月03日).
[3] 一般社団法人 日本癌医療翻訳アソシエイツ.海外がん医療情報リファレンス トップページ.http://www.cancerit.jp/,(参照2023年04月03日).
[4] National Cancer Institute. National Cancer Institute トップページ.http://www.cancer.gov/,(参照2023年04月03日).
[5] 株式会社 ダイヤモンド社.“あやしいがん治療が日本でなくならない理由 『世界中の医学研究を徹底的に比較してわかった最高のがん治療』著者・勝俣範之インタビュー”.ダイヤモンド・オンライン ホームページ.ライフ・社会.2020年08月06日.https://diamond.jp/articles/-/245192,(参照2023年04月03日).
[6] たけっち.“精神腫瘍学とがん哲学外来:ジャパンキャンサーフォーラム2021を介して、ジャパンキャンサーフォーラム2018を振り返る その04”.たけっち ホームページ.マガジン.医療関連記事集.2021年09月07日.https://note.com/take_judge/n/n4ca989b4e207?magazine_key=m2ff04c455d69,(参照2023年04月03日).
[7] たけっち.“ファッションはがん患者・サバイバーの心を救う:ジャパンキャンサーフォーラム2021を介して、ジャパンキャンサーフォーラム2018を振り返る その05”.たけっち ホームページ.マガジン.医療関連記事集.2021年09月09日.https://note.com/take_judge/n/n8b278dfbde24?magazine_key=m2ff04c455d69,(参照2023年04月03日).
[8] 菊池誠 著,松永和紀 著,伊勢田哲治 著,平川秀幸 著,片瀬久美子 著,飯田泰之+SYNODOS編集.もうダマされないための「科学」講義.初版第3刷,株式会社 光文社,2011年11月05日,254 p(光文社新書).
[9] 特定非営利活動法人 アサザ基金.“アサザプロジェクトとは”.アサザ基金 ホームページ.http://www.asaza.jp/about/,(参照2023年04月04日).
[10] 花王株式会社.“エコナに関するご報告”.花王 ホームページ.ブランドサイト一覧.エコナ.https://www.kao.co.jp/econa/?_ga=2.198635567.16986920.1680509469-2085680652.1680509469&adobe_mc=MCMID%3D29030576399875604103583762179534611450%7CMCORGID%3D952B02BE532959B60A490D4C%2540AdobeOrg%7CTS%3D1680557908,(参照2023年04月04日).
[11] 株式会社 林原.“第9回 情報社会で増す食品不安に、科学に基づくコミュニケーションを”.林原 ホームページ.林原 知識ライブラリー.https://www.food.hayashibara.co.jp/library/9/2/,(参照2023年04月04日).
[12] 東京都福祉保健局.“食品に含まれる発がん物質には、どのようなものがありますか?【食品安全FAQ】”.東京都福祉保健局 トップページ.健康・安全.食品の安全.東京都食品安全FAQ.その他に関すること.https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/kenkou/anzen/food_faq/sonota/sonota09.html,(参照2023年04月04日).
[13] ヨセミテ運営事務局.“ポテトチップスが体に悪いは嘘?脂質・添加物など健康への影響は”.ヨセミテ ホームページ.料理・食材.2022年09月25日.https://yosemi-7.com/post-138680,(参照2023年04月04日).
[14] 株式会社 日本ビジネスプレス.“それでもまだ怖い?「遺伝子組み換え」の拡散リスク 自然界に紛れ込む危険性はないのか”.JBpress トップページ.産業.農業の進む道.2016年12月02日.https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48527,(参照2023年04月04日).
[15] いなみ野ため池ミュージアム.“生態系を破壊する外来動物”.いなみ野ため池ミュージアム ホームページ.ため池の生き物.https://www.inamino-tameike-museum.com/pond-creature/destroyed-animal.html,(参照2023年04月04日).
[16] 国立大学法人 東海国立大学機構 名古屋大学 高等教育研究センター.“市民の声を受け止める”.研究者のための科学コミュニケーションStarter's Kit トップページ.戦略を練る.https://www.cshe.nagoya-u.ac.jp/scicomkit/02/index03.html,(参照2023年04月04日).