相模書房『建築新書』の世界|幻におわった超豪華ラインナップ
対米戦争勃発の年、1941年、『建築新書』と名付けられたシリーズ本の刊行が開始されました。出版社は、今はなき相模書房。シリーズ監修には、岸田日出刀(東京帝大教授・建築意匠・設計)、田辺平学(東京工大教授・建築防災)、田辺泰(早稲田大教授・建築史)があたりました。
刊行予定とされた書目は、なんと全部で109冊にのぼります。国家総力戦にあって、ますます科学技術の重要性が認識されていた当時ゆえに、この『建築新書』に賭ける意気込みは半端ではなかったものと思われます。実際にその心意気は「建築新書刊行に際して」という文章からもうかがえます。
実際、刊行予定書目として掲げられた内容を眺めていくと、当時あらたに浮上してきた建築課題を積極的にとりあげているだけでなく、大御所から新進気鋭の若者まで広く、適任の執筆者を選び出しています。
以下、「刊行予定」とされたラインナップをご覧下さい(※印は実際に刊行されたもの)。
煉瓦の建築 石塚弥雄
新興木造建築 竹山謙三郎
建築物の振動 河野輝夫
無筋コンクリート造建築 水原旭
電孤溶接の強度と計算 仲威雄
木造建築の強度と計算 後藤一雄
耐震建築 斎田時太郎
建築基礎の理論と実際 後藤正司
鉄筋コンクリート新体制 吉田宏彦
鉄骨の建築 棚橋諒
題未定 二見秀雄
建築力学及び材料強弱学 勝田千利
スラブとシャーレン 坪井善勝
トラスとラーメン 加藤六美
免震構造 岡隆一
建築の構造用鉄材 鶴田明
木材の腐蝕 十代田三郎
建築と防水 狩野春一
建築材料の規格及び試験 栗山寛
建築と木材 交渉中
耐火木材と耐火塗料 相三衛
セメント・コンクリート 栗山寛
新しい建築材料 吉阪隆正
建築とガラス 今井兼次
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※建築と火災 内田祥文 →1942年刊行
建築と防空 田辺平学
建築と音響 川島定雄
題未定 佐藤武夫
風と建築 谷口吉郎
雪と建築 竹内芳太郎
建築保健工学 平山嵩
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建築の現場管理 山下寿郎
建築の施工 山下寿郎
建築の図面 星野昌一
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日本建築特技 佐々木孝之助
新興日本建築 吉田五十八
日本の建築技法 上田虎介
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建築の統制 後藤米太郎
住宅政策→住宅問題 西山夘三 →1942年刊行
国土の構成 高山英華
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建築と庭園 堀口捨己
建築と医学 大西清治
建築と衛生 伊東恒治
建築と化学 交渉中
建築と物理 交渉中
建築と気象 交渉中
建築と経済 交渉中
建築と色彩 星野昌一
建築と写真 岸田日出刀
農村と建築 後藤米太郎
建築と工芸 鈴木道次
橋梁美 岸田日出刀
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日本建築史 福山敏男
支那・印度建築史 田辺泰
西洋建築史 藤島亥治郎
※日本住宅小史 関野克 →1942年刊行
日本の城郭 藤岡通夫
西洋の城郭 田辺泰
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明治初期の洋風建築 堀越三郎
※二條城 沢島英太郎・吉永義信 →1942年刊行
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法隆寺 足立康
パルテノン 瀧澤眞弓
古代アテーネ 森田慶一
千利休・織田有楽斎 堀口捨己
小堀遠州・古田織部 沢島英太郎
明治の建築家 岸田日出刀
オツト・ワーグナー 岸田日出刀
※ブルーノ・タウト 蔵田周忠 →1942年刊行
フランク・ロイド・ライト 土浦亀城
ル・コルビユジユエ 前川國男
ジョサイヤ・コンデル 田中義次
ワルタ・グロピウス 蔵田周忠
ヴイトルビユース 森田慶一
ブラマンテ 浜田隆一
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※ナチス独逸の建築 岸田日出刀
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数寄屋及数寄屋造 大熊喜邦
神社建築 谷重雄
寺院建築 太田博太郎
記念建造物 藤島亥治郎
発電所の建築 藍川旭
※工場の建築 平岡正夫 →1941年刊行
※住宅の平面計画 市浦健
厚生建築 市浦健
アパート建築 市浦健
ジードルング 伊東五郎
建築と航空 斎藤寅郎
劇場・映画館建築 明石信道
※国民学校 伊藤正文 →1941年刊行
労務者住宅 岡島暢夫
営団住宅 武基雄
倉庫の建築 北村勝成
錬成道場の建築 清田文永
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建築と日照 木村幸一郎
建築と照明 関重広
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建築と空気調整 土井季正
病院設備 大沢一郎・桜井省吾・東福寺一雄
工場の給排水及瓦斯設備 桜井省吾・椎野八朔・本多政富
工場の暖房換気設備 野崎操一・田家安治
工場の厚生施設 桜井省吾・藤井文雄・椎野八朔
工場の運搬設備 平岡正夫
電気設備 交渉中
家具 交渉中
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日本の民家 今和次郎
満洲の民家 村田治郎
支那の劇場建築 須田敦夫
支那の造型・装飾 志賀憲一・吉村芳清
工員の住宅 菊池新平
開拓地の建築 高原一秀
大陸の都邑 秀島乾
どうでしょうか。刊行予定書目に掲げられた109冊のラインナップのうち、実際に刊行された本(※印)は実は8冊しかありません。1941年の刊行開始から、翌1942年にかけて出版されていますが、やはり戦争の激化、さらには出版の統制もあってかほとんどが刊行されず仕舞いになったようです。
ただし、上記ラインナップに含まれていないものの、建築新書として出版されたものに以下の8冊が確認できます。
※規格家具 剣持勇 1943年
※樺太アイヌの住居 山本祐弘 1943年
※防空と偽装 星野昌一 1944年
※工員寄宿舎 図師嘉彦 1945年
※セメント代用土 中村伸 1945年
※帰農者住居 竹内芳太郎 1948年
※瓦 中村伸 1949年
※住宅の平面計画・新版 市浦健 1949年
1943年から敗戦をまたいで1949年まで。『セメント代用土』や『帰農者住宅』といった書名からもうかがえますが、時代の要請に応じて当初予定していなかった題目に需要が生じたのでしょう。
刊行予定書目109冊に対して、結果として、予定外も含め合計で16冊しか出版されなかった、いわば幻の『建築新書』ですが、岸田日出刀・田辺平学・田辺泰の諸氏が最新の問題意識に基づいて建築の全体像を示すにあたり、どんな内容を掲げ、しかも誰が執筆者に適任と判断したかをうかがえる貴重な情報かと思います。
なかにはきっと、『建築新書』としては刊行されなかったものの、他の形態で刊行されたり、別の書籍に組み込まれたりしたものもあったことでしょう。あるいは、戦争の終結によって、刊行の必然性が無くなってしまったものもあったことでしょう。
歴史にイフはありませんが、皆さんは誰のどの本を読んでみたかったでしょうか。もしも出版されていたらどんな内容だったのだろうなぁ、とあれこれ妄想してみるのも楽しい。出版されなかったからこその楽しみもある幻の『建築新書』シリーズなのです。
(おわり)