異なるスケールをつなぐ|おおでゆかこ『シロクマくつや』3部作を読む
子どもに絵本を読み聞かせしていると、子ども向けと侮っていた物語に「おお!これは!」と深遠な意味を発見したり、子どものころにはスルーしていた文脈に気づいて「読める!読めるぞ!」と叫んだりする瞬間があります。
絵本『シロクマくつや』(おおでゆかこ、偕成社、2014)(図1)とふたつの続編『シロクマくつや:ちいさなちいさなうわぐつ』(同、2016)、『シロクマくつや:すてきななつやすみ』(同、2017)もそういった絵本たちです。
図1 おおでゆかこ『シロクマくつや』
3部作に共通するのは「異なるスケールをつなぐ」だと勝手に思っておりまして、以下そのお話をつれづれなるままに書いてみたいと思います。
発端としての「落とし物」
第1作目『シロクマくつや』は、靴屋を営むシロクマ一家が家を探して旅する場面からスタートします。そして見つけた家が「くつ」でした。いきなりネタバレですがこの「くつ」は巨人の子どもが落としたものなのですが、そうとは知らないシロクマ一家はここを店舗付住宅に決めるのです(図2)。
図2 シロクマ一家のいえ
本来、住居ではない落とし物に動物が住まう(棲まう)という物語は、ウクライナ民話『てぶくろ』(福音館書店、1965)を思い出させます(図3)。おじいさんが落とした片方の「てぶくろ」を見つけた森の動物たちが、一匹、また一匹と手袋に住まい、不思議な同居生活へと発展。居住者は、ねずみ、カエル、うさぎ、きつね、おおかみ、イノシシ、クマの計7匹。
図3 ウクライナ民話『てぶくろ』
どう考えても人間の「てぶくろ」にこれら動物が入居できるとは思えないのですが、それを言っちゃあおしめえなわけで。ここで大事なのは、本来なら一緒に住まえるはずのない動物たちが「てぶくろ」という装置を通して同居する点にあるのだと思います。
ちなみに『てぶくろ』のラストはとてもあっけなくって、落とした「てぶくろ」を探しに戻ったおじいさんと飼い犬に驚いた動物たちが森のあちこちに四散しておしまい。森にとっては異物である「てぶくろ」が束の間の不思議な同居生活をもたらし、そしてまたもとに戻っていく不思議な民話です。
このウクライナ民話『てぶくろ』は、言ってみれば「本来ならつながるはずのない異なるもの同士をつなぐ装置」のお話。そして、その装置は「落とし物=意図されなかったこと」としてもたらされる。そんなふうに言えるのでは中廊下、と。
ずいぶん回り道しましたが『シロクマくつや』は、巨人の子どもの落とし物である「くつ」にシロクマ一家が住まうところから物語はスタートします。でも、そこに住まうのはシロクマ一家のみ。じゃあ、「くつ」という装置は、どんな「本来ならつながるはずのない異なるもの同士をつなぐ」のでしょうか。
つなぐワザとしての「くつづくり」
シロクマ一家は「くつ」に住まうだけでなく、「くつづくり」の職人一家。3部作すべてに共通する展開として、当然に依頼者が「くつ」を注文し、その要望に応えることがあります。しかも、毎回の注文は、とても特別かつ高度な注文。そんな注文にシロクマがどう応えるのかが、物語のミソとなっているのです。
第1作
シロクマ一家は、「いえ=くつ」の落とし主である巨人の来訪で、このいえが巨人の子どものくつであることを知ります。もはや住み込んでしまった以上、明け渡すこともできないので、巨人の子どものために新しいくつをつくることに。子どもの誕生日、無事に完成したくつに巨人父子も大喜び。結果、森のどうぶつたちと巨人親子は誕生パーティを盛大に開くのです。巨人のくつづくりが動物たちと巨人をつなぐ展開がそこにはあります。
第2作
巨人の子どもの大きな大きなくつに続き、次は小さな小さなリスのくつを103人分つくる注文が舞い込みます。注文主はもりのようちえんの園長先生(リス)。でも、その園は遊具も足りていないとのことで、急遽、幼稚園の遊具も制作することに。巨人の子どもも加わって、リスの遊具づくりに知恵を絞ることになるのです。遊具制作を通して、巨人の子ども、シロクマとたくさんのリスたちがつながるお話しです。
第3作
今回はなんと「泳げないひとも海を楽しめるくつ」という注文。シロクマたちは「すいすいぐつ」を提案することで、本来は「海」で楽しめなかったどうぶつたちに海とのつながりを生み出すのです。同時に、海と森という二つの舞台をつなぐ物語にもなっているのが印象的。
シロクマ一家の「くつづくり」という造形行為が「本来ならつながるはずのない異なるもの同士をつなぐ」。そう思うと、ウクライナ民話『てぶくろ』で「装置」として機能した「てぶくろ」の役割は、『シロクマくつや』3部作では「くつ」ではなく「くつづくり」が担っているのだと気づきます。
「つくること」が誘発する〈転用〉
第1作では「くつ」を「いえ」にするというという〈転用〉が登場しますが、第2作ではさら明確に〈転用〉することの魅力が描かれています。先述したように、遊具が不足しているリスの幼稚園のために、シロクマと巨人の子どもたちが手作りの遊具をプレゼントするくだりです。
積木はジャングルジムへ、お菓子のケースはおうちに、割り箸はブランコに、爪楊枝はテントに…などなど。もともとの用途とは異なる新たな用途へと〈転用〉されたモノに新たな価値が見出されていきます。しかも、それは「巨人>シロクマ>リス」といった異なるスケールを介して誘発された〈転用〉です。ここでも「本来ならつながるはずのない異なるもの同士をつなぐ」というテーマが〈転用〉のかたちでもって表現されているのに気づくのです。
さらに興味深いことに、シロクマたちの〈転用〉を目の当たりにしたリスの園長先生も、それに刺激を受け、自らどんぐりを使ってさらなる〈転用〉を試みることになります。ワクワクがワクワクを誘発する。「異なるもの同士の関係」、「物と人(動物)の関係」が変化していくことで、発明や発見が生まれ、そして人と人の関係も変えていく。ワクワクとともに。
そういえば、名作絵本の一つ、『ぐりとぐら』(中川李枝子・大村百合子、福音館書店、1967)(図4)もまた、大きな卵(=落とし物)を使っての「カステラづくり」という「装置」が物語を駆動させていました。
図4 中川+大村『ぐりとぐら』
そして、このカステラを介して、森のさまざまな異なる動物たちが食卓を囲むのでした。しかも、物語の最後は、卵の殻を乗り物に〈転用〉するのです。
『シロクマくつや』の物語は、『てぶくろ』や『ぐりとぐら』といった名作絵本のエッセンスを継承している。そんなふうに読めるのです。
断面図解、パース、パノラマ
さて、『シロクマくつや』は魅力的な物語だけにとどまりません。絵本である以上、絵としての表現もまた重要な役どころ。
たとえば、第1作の舞台となる「いえ」。空き家と思ってシロクマ一家が入居したのは、実は巨人の子どもの革靴でした。4階+屋根裏の店舗付き住宅に転用された革靴の魅力は、断面図解や透視図(パース)を使ってワクワクするほどに表現されています。
なんだか、断面図解の力の入りようが、科学絵本を彷彿させるくらい。断面表現は、加古里子『だんめんず』(福音館書店、1973)など科学絵本の王道(図5)。
図5 加古里子『だんめんず』
また、2作目で登場するリスの幼稚園は、森の中の大木をくり抜いた中にあります。躍動感あるスキップフロアで、これまた迫力ある断面図や透視図で描かれています。
3作目は海の洞窟。アイスクリームパーティー会場でもある洞窟は、プール、ウォータースライダー、噴水、テラスなどが設けられていて、その楽しげな様子がパノラマ風に描かれています。
このように、『シロクマくつや』3部作には、魅力的な舞台が、断面図解や透視図、パノラマなどで多彩に描かれていて、舞台のワクワクを「伝たい!」という気持ちにあふれた絵になっています。その魅力を伝えるために、毎回、絵本の見開きがヨコからタテに唐突に変わるのも「ワクワクを伝えたい!」がゆえと思うと腑に落ちます。
あと、色もまた重要な位置を占めます。『シロクマくつや』3部作はそれぞれ異なった月に出版されています。第1作(2014年12月)、第2作(2016年3月)、第3作(2017年7月)は、それぞれ赤、緑、青が表紙だけでなく、物語全体を通した基調色となっているのです(図6・7)。
図6 『シロクマくつや:ちいさなちいさなうわぐつ』
図7 『シロクマくつや:すてきななつやすみ』
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そんなこんなで、「本来ならつながるはずのない異なるもの同士をつなぐ」のは「異なるスケール」や、それをテコにした〈転用〉が鍵となることが『シロクマくつや』3部作を通して見えてきました。
異なるスケール(規模)をもつ登場人物たちが、〈転用〉の可能性へと目を向けることができたのは、異なるスケール(ものさし)で物事を観察するマインドあってこそなのかもしれません。
身の回りの世界を把握するためにもスケール(コンベックス)を持つこと。それと同時にワクワク感を生み出すための多様なスケール(ものの見方の広さ)も身につけること。どれも人生を豊かにする手掛かりになる。そんなことに思いをはせることができる『シロクマくつや』でした。
(おわり)
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