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住宅営業についてのメモ【2】|「売ること」と「つくること」のあいだ

職場の先輩として住宅営業のなんたるかを折に触れて教えてくださったF主任とOさん。二人がそれぞれにお客さまの信頼を得て契約を獲ってくるその「高い営業力」と、契約に至ったお客さまが実際に建てる住宅が、意匠的にも計画的にも構法的にも「ヒドイ提案」だったというお話しを前回、「住宅営業についてのメモ【1】」として書いてみました。

その「高い営業力を持つこと」と「住宅提案がヒドイこと」の間に横たわる深い溝は、実は「木造注文住宅」を手がける「木造住宅産業」が持つ性質に由来すると思うのです。それは「売ること」と「つくること」の間にある溝でもあり、住宅営業が「売ること」と「つくること」という二つの役割を兼ねるがゆえの事態であることも垣間見える気がします。

でも、なぜそんな何の意外性もない当たり前な不適合がまかりとおっているのでしょうか。そんな疑問を持ちつつ、深い溝が持つ意味をじっくりと見つめていると、実はその溝は1本ではなくって、「産業」「木造」「注文」「営業」という4つの溝が合わさっている。そう捉えるといろいろ腑に落ちるように思えるのです。

そんなわけで、持ち前のカングリー精神を活かして、なぜF主任もOさんも「高い営業力を持つこと」と「住宅提案がヒドイこと」という二つの特徴をコインの裏表のように持ち合わせていたのかを、5つの溝に沿って素描してみたいと思います。

①「住宅産業」という溝

家づくりを産業として成立させるための大量生産・大量販売は、必然的に業務の分業化を伴うことになりました。その典型かつ象徴が、住宅の販売(商品の説明や借入れ指南)を専門に担当する「住宅営業」の誕生です。

営業やセールス(両者の違いはここでは脇に置くとして)という職自体は既に戦前から存在したわけですが、その役割が重要視されていくのは、大手ハウスメーカーが続々と誕生していった1960年代以後、特に「量の不足」が満たされて以後の家づくりの現場においてでした。

たとえば、セールス専門雑誌『近代セールス』(近代セールス社)と『セールス』(ダイヤモンド社)はともに1956年に創刊されています。大和ハウス工業による「ミゼットハウス」(商品住宅の登場)の1959年には『月賦住宅の手引き』が出版。

以後、『販売手引き書』1969、『住宅営業技術読本』1976、『住宅販売の手引き』1977、『住宅セールスの戦略研究』1980などなど住宅の販売・営業に関するノウハウ本がどんどん出版されていきました。
 
契約時には取引対象である住宅そのものが存在せず、金額は高額、契約から引渡しまでが長期間、顧客が品質・性能について十分な知識を持ちづらく、価格の正当性を客観的に評価できないのが戸建て注文住宅の特異性。そんな住宅を大量販売するためには、営業活動を専門とする「住宅営業」が必須であり、そんな「住宅営業」による顧客フォローは極めて重要な役割になったのです。

②「木造住宅」という溝

木造住宅は、910㎜を1Pとするグリッドにのせて間取りが作成できます。そして、「和室は6畳」だとか「リビングは8帖」みたいに、ベタな広さが人々にある程度共有されていることから、素人さんでも容易にプランニングが可能。しかも間取り作成ソフトなんかを使えばさらにカンタンということで、実際に要望ヒアリング時に、お客さま御自ら作成した間取りが提示されることも珍しくありません。

もちろん、素人でも作成が可能だとはいえ、そうやって作られたのが「よい間取り」であることは何ら保証されないわけで、実際にはあれこれと不備があったり、1・2階の「ノリ」が悪かったり、そもそもトイレがなかったりといった問題は多々あります。

ただ、ここで注目しておきたいのは、壁厚なんか考慮不要でシングルラインでもって、とりあえずグリッドに沿いプランニングできる簡便さは、間取りを作成するという本来ならば専門技術を要する作業へのハードルを著しく下げているということ。

お客さまでも、とりあえずの叩き台程度の間取りなら作れてしまうという木造住宅の特徴が、そもそも技術職ではない住宅営業が間取り作成を可能としているのは間違いないでしょう。

③「注文住宅」という溝

積水ハウス創業30周年を記念する『住まい文化の創造をめざして:積水ハウス30年史』の巻頭には、わが国の建築工業化に対しても多大な貢献をなした建築家・建築学者である内田祥哉(1925-)が文章「創業30周年によせて」を寄稿しています。

短い文章ながら興味深い指摘をいくつか行っていて、そのうちの一つが日本の家づくりは、住宅金融公庫を頼りに国民各世帯がマイホームを自力建設したという指摘。それゆえ「製品は、一戸ごとに顧客の要望に応えるものとなり、工業製品としては、異例の一品生産に近いサービスが必要とされた」と。

内田はさらに次のように指摘します。

日本に顧客優先の傾向が定着している背景には、もう一つ、在来構法の影響があったことを加えておかねばならない。すなわち、大工棟梁によって建てられてきた伝統的手法では、顧客の注文は、逐一現場で聞きとられ、リアルタイムで施工に反映されてきた。だから、たとえそれが工業化製品になっても、家を建てるについては、建て主の個別的意向が製品に反映されるのは当然、という考えが一般に浸透していったのである。
(内田祥哉「創業30周年によせて」)

プレハブ住宅ですら、こうした日本国民の傾向(というか消費者根性)に応える努力を経て業界ナンバーワンの地位を築いたのはとても興味深いものがあります。

そして、当然にハウスメーカーとの競合を繰り広げるなか、木造住宅はプレハブ住宅との差別化を図るために、「注文住宅」であること、お客さまの要望をきめ細かく反映させることが可能なことをウリにしたはずです。

この戦略は、「ご用聞き」としての住宅営業の地位を確固たるものにしたに違いありません。住宅設計に関しては素人であるお客さまの要望をそのまま反映させるという行為が、あまり違和感なく行われる要因の一端は「注文住宅」という文化にあるはずです。

④「営業マン」という溝

高木礼二『劣等生は営業で成功する―理屈づくめで物は売れない』(経済界、1979)という本があります。このタイトルは営業という仕事の本質を的確に言い当てていて面白い。それこそ、営業マンになる前は暴走族に属してヤンチャしていたみたいな武勇伝はよく聞きました。

前回の「住宅営業についてのメモ【1】」でも書きましたが、営業だからこそできる唯一の仕事とは「クロージング」だと言われます。つまりは「お願い」して顧客に印鑑をつかせるのが営業職の「技術」なのです。ゆえに全ては、その気にさせる「やり方」に還元する心理主義となります。

かつての「夜討ち朝駆け」的熱血ゴリ押し型、GNP(義理人情プレゼント)型営業が忌避されるようになった昨今、ますます営業スキルの心理主義化は加速しています。ゆえに営業職は自己啓発との親和性がいよいよ高い。

これは、商品について知識・技術をもっている人が必ずしも商品をよく売れるとは限らない(ましてや営業職がその商品を「つくることができる」ことはまず無い)、さらには、住宅にも顧客にも愛のない営業マンが業績トップなんてことは何ら珍しくない事実と一体です。

また、数少ない営業職の知識・技術である「商品知識」とその説明力は、専門的・体系的な勉強と関係なく身につく知識、いわば雑学です。住宅に関する知識を武器とする営業マンも大半は「豊富な雑学=体系化されていない知識」のことを指すのがほとんど。

家づくりにまつわる諸々の雑学を豊富に知っていることで、お客さまの不安を解消する。それは立派な「営業力」です。でも、それは同時に「ユーザーの知識であって、専門知識ではない」ことも意味します。

さらには、雑学を背景にお客さまの不安を払拭することがフォーカスされていくと、その先には、「家を買ってもらうのではなく自分を買ってもらう」という営業訓に行き着きます。

ただ、落ち着いて考えると、「家を買ってもらうのではなく自分を買ってもらう」というロジックは、「住宅の質」とは切り離して住宅購入を決断させることを正当化させることにもなりかねません。それは究極の営業モデルが「オレオレ詐欺」に近づくことをも意味します。

「売ること」と「つくること」のあいだ

「高い営業力を持つこと」と「住宅提案がヒドイこと」という二つの特徴をコインの裏表のように持ち合わせていたF主任とOさん。ここまできて、なぜそうした事態が生じているのかが見えてきます。

大量生産・大量販売を目指して社会に登場した「住宅産業」。プレハブ住宅を武器に、住宅を「商品」として扱うモデルを構築し、そのための分業化を進めた結果、「住宅営業」という職種が登場しました。

木造住宅、いわゆる在来工法を手がける住宅会社(木造住宅メーカーや工務店)は、そんなプレハブ住宅の販売モデルを模倣することで、産業化への道を選択したのでした。

プレハブ住宅の模倣は、営業スタイルだけでなく、「かっこいいデザイン」の提供もまた目指されました。従来の大工がつくるダサイ木造住宅ではないですよ、というメッセージが従来型の住宅との差別化に必要だったのです(最初期の木造住宅メーカー・東日本ハウスは「デザインホーム」を謳った)。

そうした「プレハブ住宅の模倣=いいとこどり」と並行して、プレハブ住宅との差別化も必要。それが「注文住宅」というアピール。それは、これまでの普請文化を踏まえつつ、きめ細かにお客さまの要望を聞き、プランへと反映させる「ご用聞きとしての住宅営業」と一体でした。

大量販売を旨とするゆえに設けられた「住宅営業」はお客さまと密接な関係を構築しながら信頼を得る。そのポジション的にも、また社員の構成比的にも営業が間取りを作成するのは当然の帰結だったでしょう。幸い(?)、木造住宅の間取りは高度で体系的な専門知識・技術がなくとも成立する。

こうして、「高い営業力を持つこと」と「住宅提案がヒドイこと」が一体となった木造注文住宅が生まれたと思うと、いろいろ腑に落ちます。そんな歪な体制が可能となったのは、そもそもお客さまに提案の良し悪しを判断する知識がない=人生に一度か二度しか経験しない、という家づくりの特殊性あってこそ。

しかも、実際に住んでみても、「住宅提案がヒドイ」ことに気がつかないどころか、むしろ満足しているケースはたくさんあります。それは住んでもなお、「我が家」への評価が「住宅」への評価ではなく、それを担当した「住宅営業」への評価だからでは中廊下、と思います。

「売る」という営業の本分と「つくる」という技術の本分がスッパリと別れていないのは、「木造注文住宅」であるとともに「木造住宅産業」だという矛盾をまんま反映しているのでしょう。

さて、ただ、そんな歪さが大手を振って罷り通る時代ではなくなりつつある今、家づくりはどうなっていくのでしょうか。そして、住宅営業はどうなっていくのでしょうか。それはまた「住宅営業についてのメモ【3】」にて。

(つづく)

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