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第2章:気づきの種
日曜日の朝。優子は会場の前で立ち止まっていた。
「本当に来て良かったのかな...」
会場は駅から程近いレンタルスペース。扉の向こうから、人の話し声が漏れ聞こえてくる。先週のカフェでの出会いは、まるで夢のように思えた。
「これを聞いたところで、本当に変われるのかしら...」
そう考えながらも、扉に手をかける。まるで背中を押されるように。
「やっぱり来てくださいましたね、岩崎さん」
振り返ると、長島さんが穏やかな笑顔で立っていた。
「あの...私なんかが参加しても...」
「その『なんか』という言葉に、実は大きな意味があるんです」
その言葉に、優子は少し驚いた。
会場に入ると、すでに20人ほどの参加者が着席していた。様々な年齢の人々。スーツ姿の人も、カジュアルな服装の人もいる。みんな、何かを求めてここに来ているのだろう。
「では、セミナーを始めさせていただきます」
長島さんは前に立ち、静かに口を開いた。
「今日のテーマは『心を変え、習慣を変え、人生を変える』。CCCメソッドについてお話しさせていただきます」
優子は小さなため息をついた。どこかで聞いたような、そんな綺麗事で人生が変わるはずがない。そう思っている自分がいた。
長島さんは、まず一枚の写真を映し出した。戦争で顔に傷を負った患者の写真だった。
「1950年代、アメリカのある整形外科医が興味深い発見をしました。同じように傷が治った患者さんでも、ある人は人生が劇的に変わり、ある人は何も変わらなかった...」
会場が静まり返る。
「その違いは何だったと思いますか?」
しばらくの沈黙の後、長島さんは続けた。
「それは、その人が持つ『セルフイメージ』だったのです」
ホワイトボードに、大きな円が描かれる。
「私たちの多くは、自分で自分の可能性を狭めています。『シングルマザーだから』『時間がないから』『経験がないから』...」
その言葉に、優子の胸が少し締め付けられた。まるで、自分の心の中を覗かれているような感覚。
「でも、それは本当に『理由』なのでしょうか?それとも『言い訳』なのでしょうか?」
会場の空気が変わる。
「失礼じゃないですか?」
優子は思わず口にしていた。
「私たちは、本当に必死で...」
「その通りです」
長島さんは優しく微笑んだ。
「皆さん、本当に必死に生きていらっしゃる。だからこそ、その必死さが、逆に可能性を狭めてしまっているかもしれません」
そして、実際の事例が語られ始めた。
「たとえば、こちらの方のケース」と、長島さんはスライドを切り替えた。
そこには、明るい笑顔の40代の女性の写真。コールセンターで13年間働いていた彼女は、「このまま定年まで...」と思い込んでいた人だった。子育てと仕事の両立に追われる毎日。新しいことを始める余裕なんてない、そう決めつけていた。
「でも、彼女は小さな変化から始めたんです」
まず、朝5分早く起きて、その日の目標を書くことから。
たったそれだけの変化が、少しずつ彼女の意識を変えていった。
「自分の人生なのに、誰かの決めたレールの上を走っているような気がして...」
そう気づいた彼女は、以前から興味のあったカウンセリングの勉強を始める。最初は週末の1時間だけ。「これくらいなら、私にもできる」という小さな一歩から。
「そして、たった半年後には、社内カウンセラーとして認定され、今では多くの後輩の相談役として活躍されています」
長島さんは、さらに続けた。
「彼女がよく言っていた言葉があります。『時間がないと思っていたけど、実は自分で時間を作れなかっただけ。その思い込みに気づいた時、人生が動き出した』」
次に紹介されたのは、500万円の借金を抱えていた30代の男性の話。事業の失敗で自己否定に陥っていた彼が、「できない理由」を書き出すワークを通じて気づいたこと。それは、ほとんどの理由が自分で作り出した制限だったということ。その気づきから、彼は少しずつ行動を変え始め、3年後には借金を完済。今では、起業を目指す人のメンターとして活躍しているという。
そして最後に、2歳の子育てをしながら、自宅でオンラインビジネスを立ち上げた女性の事例も。彼女は「子育て中だから起業なんて無理」と思い込んでいたが、子供の昼寝時間の30分だけを使って準備を始めた。「完璧を目指さない」という意識の変化が、逆に着実な成長につながっていったという。
「彼らに共通していたのは、『セルフイメージ』を変えることから始めたということ。そして、その変化は、たった30日で起こり始めたのです」
「30日...?」
優子は思わず声に出していた。
「はい。新しい習慣が定着するまでの期間は、約21日から30日と言われています。つまり、正しい方法で30日間取り組めば、確実に変化が始まるのです」
長島さんは、その「正しい方法」について説明を始めた。
まず、「Change your mind」。
自分の思い込みに気づき、新しい可能性を信じること。
次に、「Change your habits」。
小さな習慣の変化から、大きな変化を生み出していくこと。
そして、「Change your life」。
その積み重ねが、確実に人生を変えていくこと。
「でも、どうやって...」
優子が手を挙げる。
「具体的に、何から始めれば...」
「素晴らしい質問です」
長島さんは、ノートを取り出した。
「これを『未来ノート』と呼んでいます。毎日、たった5分でいいんです。ここに、あなたの『なりたい自分』を書いていく」
優子は、自分のバッグの中の手帳を見つめた。びっしりと書き込まれたスケジュール。その隙間に、夢を書く余白はあるだろうか。
「完璧を目指す必要はありません」
長島さんは、まるで優子の心を読んだかのように続けた。
「大切なのは、小さな一歩を続けること」
そして、具体的な方法が説明されていく。
朝5分の未来ノート。
日中3回の深呼吸。
夜の感謝の習慣。
どれも、とてもシンプルで小さなこと。
でも、その積み重ねが、確実に変化を生み出していく。
「皆さんの中には、『時間がない』『余裕がない』と感じている方も多いでしょう」
長島さんは、優しく微笑んだ。
「でも、この方法は、そんな『忙しい現実』の中でも、確実に実践できるようにデザインされています」
セミナーの最後に、一枚のワークシートが配られた。
「これから30日間、一緒にチャレンジしてみませんか?」
優子は、そのワークシートを見つめた。
そこには、「7日間で変化を始める実践ガイド」という文字。
そして、日々の小さな目標を書き込むための余白。
何か、心の中で小さな光が灯ったような感覚。
それは、長い間忘れていた、希望という名の温もり。
「やってみます」
優子は、自分でも驚くほど明確な声で答えていた。
帰り道、空を見上げると、曇り空の間から、一筋の光が差し込んでいた。
まるで、これからの自分を照らすように。