佐野元春 & ザ•コヨーテバンド 今、何処
Dear Mr.Songwriter Vol.39
僕は日頃、世代的な体験や自分の年齢からなるべく距離を置くことで自由な表現者で在りたいと思っている。でも今この混沌の時代だからこそ、佐野元春なりのコンセプチャルなロックアルバムを提示してみたくなった。「僕ならこんな風にやれるよ?」ってね。僕らは過去、何処に立っていたのか。そして今、何処にいて、この先何処へ行くのか。そうした示唆に富んだ曲を、世代を問わず楽しんでもらえるようなアルバムにまとめ上げたい。そんな思いでした。
SWITCH 2022年8月号
今回はコヨーテバンドとして6枚目、通算20枚目のオリジナル•アルバム『今、何処』です。
収録曲は、2019年初頭から、コロナ禍の2022年1月までレコーディングされています。
パンデミック以前にレコーディングされた曲は
2019.5.8 クロエ
2019.5.13 エデンの海
2019.5.14 永遠のコメディ
2020.1.21 大人のくせに
2020.1.22 君の宙
2020.1.22 水のように
これ以外の曲はパンデミックの中レコーディングされました。
2020.3.24 斜陽
2020.7.30 さよならメランコリア
2020.7.30 冬の雑踏
2021.8.3 植民地の夜
2021.8.4 銀の月
2021.8.13 今、何処
2021.9.27 明日の誓い
2022.1.25 OPENING
こう見てみると、リリックと演奏の変化などが感じられるんではないでしょうか。
コヨーテバンドのレコーディングは基本せーのでみんなで音を出すやり方で、テイクも3テイク以内だそう。初期衝動というか、やりすぎない良さみたいのがあるみたい。曲をそろそろ覚えてきたなと思ったらレコーディングは終わっちゃう。そんな緊張感もある現場だそうです。
マスタリングエンジニアは前作の『エンタテイメント!』からランディ•メリルが担当。
ランディ•メリルの起用については、
このアルバムは低音の解像度がものすごく高い。最近流行の音楽、特にヒップホップは低音がとても豊かだ。そうしたサウンドの中に挟まれても決して聴き劣りしないロックサウンドになったはずだ。普段ヒップホップを聴いているリスナーにもぜひ聴いてほしい
とコメントしています。
ジャケットのデザインは、2015年の『BLOOD MOON』2017年の『Maniju』に続いて、ロンドンのストーム•スタジオからピーター•カーゾンが担当。
今回のジャケットは、デスクに座っている男性の上から実際にピアノ線でいくつかのイメージのカードが垂れ下がって顔の半分が見えなくなっています。
後ろに見える台の右側の台には木製のボックスが4つ置いてあります。
これは『BLOOD MOON』のジャケットでこのボックスを頭から落としてしまっている男性なのかな。
デスクの上の英字のペーパーバックとでも言うのかな、その中に見える言葉は、Rainy day in Tokyo Soul garden Somewhere in the city Perfect comedy WHERE ARE YOU NOW Be water, my friend 等のタイトルが書かれています。初回盤のDVDが収納している入れ物で確認できますね。
1.OPENING
何か不安を掻き立てるような音とラジオをチューニングするようなサウンド•エフェクトで幕を開ける。
ライヴでは"只今の時刻は5時20分です"という男性アナウンサー?の声も聴こえるようになっていました。
1.さよならメランコリア Soul Garden
僅か1秒のシゲルのドラミングと間髪入れずに滑りこむシュンちゃんのオルガン。それに被さるフカヌーの曇り空から青空が開けてくるようなギター。
イエスかノーか
どっちでもなく
白か黒か
決まんないまま
なんとなくHAPPY
なんとなくBLUE
曖昧なままのジェラシー
そう、ぶち上げろ魂
君の魂
なんというか、背中を押してくれたとか、そんな生やさしい言葉でなく、肉体と精神にボディブローを撃たれたのようにジワジワと効いてくるそんな感覚。
あわよくば陳腐に聴こえてしまいそうなフレーズも声を荒げるのではなく淡々と、それが流儀といわんばかりに。
あきらめず探しに行こう
そう、ぶち上げろ魂
まだまにあいますように
3.銀の月 Silver Moon
ムーグ•シンセサイザーの音の響きがコスモポリタンなイメージを掻き立てる。
このMVでのレーザー光線、カーリーが着ているVansonのスカルレザージャケット(ジョン•エントウィッスルも着ていたスカルスーツ)からわかるように、THE WHOへのオマージュだ。
ここでのフカヌーのギターソロは元春が口でイメージを伝えてそれを実行している姿がDVDで確認できる。
元春が考えるコヨーテバンドのギターサウンドに関してフカヌーは
ギタリストとしてのギターサウンドとメロディメーカー的に思いつくリフ。
そのふたつをうまくミックスされて出てくるものだと、その結果幅広いものが出来上がっていく
と分析していました。
抱きしめれば
青空がせつない
駆けぬければ
言葉は拙い
このアンビバレントな感覚。
そこに嘆きの声も聴こえてくる。
儚い世界さ
いつもそう
もどかしい世界さ
いつもそう
4.クロエ Chloé
これは、もう名曲殿堂入りといっていほどの素晴らしい楽曲誕生です。
歌い出しと歌い終わりのリリックが同じってあまりなかったような気がします。
名曲すぎて、あまり語るのは野暮なのでしませんが、
1分37秒あたりに聴こえてくる2回目の"時はため息の中に止まる"の
時は の、艶っぽさは昇天しちゃいます。
5.植民地の夜 Once Upon A Time
ザクザクと刻みこむような重厚なフカヌーとアッキーのツインギターの絡みがカッコいい。
このギターリフはフェルナンデスの赤いストラトモデルのZo-3ギターで作ったみたい。
ヴァース2から聴こえてくるT.RexのGet It Onを彷彿させるギターリフとシュンちゃんのウーリッツァーの絡みが素晴らしいです。
ここでも元春とフカヌーとのハモリは最高に相性バッチリ。そこからの導火線に火をつけて爆発するようなギターソロからサイケデリックなシンセのフレーズで後半どうなっていくのか。
このコーラスワークについてフカヌーは、
ハーモニーが独特な節回しであるという事を前提において、一番大切にしているのは(歌の縦)リズムだという。
歌詞のはめ方と、しっかり寄り添って歌わないとグルーヴが台無しになってしまう。
曲の個性が出せるようにある意味ギターよりも気を遣っている。
とコメントをしています。
植民地と聞いて思い出すのは、’89年の『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』リリースの前に書かれた散文詩『エーテルのための序章』の第二部の書き出し"植民地の夜は更けて、ガラス細工のイグアナがひっそりと咲く月に隠れている"というライン。後に2001年のスポークン•ワーズ•ライヴ In Motion2001-植民地の夜は更けて とタイトルが付けられた。
権力者をからかうような風刺に満ちた言葉たちが次々と放り出されて、こちらがうかうかしていると取り損ねてしまうような感覚に陥る。
植民地とはわが地のことなのか?
6.斜陽 Don't Waste Yous Tears
コヨーテバンド流のブルーアイドソウル。
アルバムリリース前にライヴで一足早く聴くことができました。
この楽曲も佐野元春ソングライティングの妙が見え隠れするところ。
斜陽というタイトルに反してイントロのフレーズはビートルズの「ヒア•カムズ•サン」を彷彿させる。
結局ダンスは夜更けに終わった
今はただ静かに眠りたい
とネガティヴなイメージに反して
あぁ 少しづつ 過激になってゆく
という何かに覚醒して進んでいくイメージ
このアンビバレントな感情。
その答えは最後のフレーズに尽きるんだろうね。
7.冬の雑踏 Where Are You Now
ハーモニカのイントロ、アル•クーパーの「ジョリー」を思わせる華麗なストリングスのフレーズ。
この曲は、特に映像が思いうかんじゃうな。
個人的な話しで申し訳ないけど、まだ自分が10代だった頃、昭和から平成に変わる頃、渋谷のスクランブル交差点とパンテオンの屋上のタバコの煙とか、ハンターに向かう途中の公園通りとか、
あの人は今、どこにいるんだろう
8.エデンの海 White Light
もともとは、ニューヨークの友人が主催するアート•イベントに提供した楽曲。
テーマは「HIROSHIMA」ということなので想像できる光はひとつしかないだろう。
アカデミー賞を取った映画『オッペンハイマー』
科学やテクノロジーは人の暮らしをよくする面もあり、その反対もある。使う側の人類はいつも試されている。というコメントもありました。
当初は「White Lie」というものだったそう。
エデンの海🟰楽園
ゴルゴタの空🟰十字架
そこに残るものは何。
9.君の宙 Love & Justice
この告白ともいえるリリックは、かなり衝撃的というか、ひとつの革命なんではないだろうか。
きれいごとではない、心の底からでてくる言葉たち。ここまで正直に思いを伝えることはなかなかできないと思うんだけどね。
すぐそばには、フカヌーの夜の高速道路を駆け抜けるようなギターソロがあった。
10.水のように The Water Song
壮大で美しい「君の宙」からムーグシンセが炸裂するイントロで後半戦が幕を開ける。
Be Water My Friend
ブルース•リーの言葉。元は宮本武蔵らしいけど。
流れて 砕いて 形を変えて
麗しのドンナ•アンナにまた会えたね。
11.永遠のコメディ The Perfect Comedy
残酷な分裂
巧妙な略奪
静かな検閲
魂の抑圧
感情は爆発
どこにも属さず
これでもかのライミング。
ポップソングの中にスポークンワーズがあり、しかもその境目がなくなっている。
そして
全ては無常
ブッダの基本的な教え、ものごとは移ろうということ、変化ということ。すべては変化する。このことは、どのような存在にあっても基本的な真実です。
禅マインドビギナーズ•マインド
鈴木俊隆 著
10.大人のくせに Growing Up Blue
何か意味深なタイトル。グローインアップ•ブルー
皮肉や風刺に
戸惑うことはないよ
ただ心ないこんな世界を
笑い飛ばしたいだけさ
皮肉や風刺は人生の中で絶対必要なものとして、
それが大衆的になったのがコメディということ。
そしてコメディというのは、絶望の裏返し。皮肉や風刺のセンスを磨けば、世の中楽しくなるよ
ファシストはいらないけど、英雄は必要だ。
どう思う?
11.明日の誓い Better Tommorow
リリース前のライヴでは、「よりよい明日」というタイトルで披露されていました。
The Byrdsリスペクトのギターリフはコヨーテバンド流のフォーク•ロック•サウンド。
ハートランドお得意のサウンドスタイルをコヨーテバンドが継承していく。
冒頭の
夜明けを迎える前に
明日ここを離れてゆく
ここにいる人物は
「ワイルド•ハーツ-冒険者たち」の中で
すべてを伝えきれないまま
冬のある日
夜明け近く
恋人のもとを離れた
主人公なんだろうか。
やはり夜明けは別れの季節なんだろう。
ラストでのホーン•セクションは「いばらの道」でも聴けたアレンジではなく、ここでは理想と希望の景色が見えてくるもの。
この街の雑踏に
君は紛れてゆく
それは
よりよい明日へと紛れてゆく
と同じことなんだろう。
12.今、何処 Where Are We Now
この楽曲は、ゼロの段階からの制作風景がDVDに収めされています。
フカヌーのスライドを少し長くしていたり、アッキーの歪んだ音や、シュンちゃんと元春が一緒に二人羽織のようにNord Stage2を弾いていたり、そんか場面を見ることができます。
シゲルはこの曲のイメージをマグマっぽくて大陸的なんて表現していました。
それに対して元春は前日にトム•クルーズの"宇宙戦争"を観たからかな、なんて言って和気あいあいなところが垣間見れました。
私たちは今、何処にいるのか?
そして、今から何処へ向かうの?
ミンナイナイ?
このWHERE ARE YOU NOWというタイトル。
まず最初に2022年の4月から9月までのツアー名がWHERE ARE YOU NOWというものでした。
もともとは、英国の女性シンガー。ジャッキー•トレントが1965年にリリースした楽曲にインスパイアされたもの。
ツアーのエンディングでも流れていました。
この混沌の2022年にリリースされたアルバム。
元春自身リリース直後はかなりの自信作だったのか、これが最後のアルバムなんてコメントもしていましたが、まだ制作の意欲は止まらないと信じて次の作品を待つことにします。
40回に渡ったこのDear Mr.Songwriterと題した連載は、ここで一旦おやすみです。
何か新しいアクションがあったらまた、再開しますね。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
では、またいつか!!!
参考文献
※SWITCH 2022年8月号
※2024年初夏、ZeppTourで逢いましょうパンフレット佐野元春コヨーテ作品を語る。
※Café bohemia Vol.158
※禅ビギナーズ•マインド鈴木俊隆著
※今、何処DVD