佐野元春 FRUITS
Dear Mr. Songwriter Vol.28
今の時代、こんな時代に、性善説に立つことの勇気と愚かさをもって、僕はこのアルバムに『フルーツ』というタイトルをつけた。
This Vol.2 Summer No.3
今回は10枚目のオリジナル•アルバム『フルーツ』です。
2年8ヶ月ぶりとなるザ•ハートランド解散後、初のアルバム。様々なミュージシャンを起用して、全17曲収録のボリュームのある内容。その分それぞれの曲の長さは短めになってます。
表1は自然光が欲しいということで、実際に使っているテーブルを屋外の公園に持ち出して撮影。バックの青空だけ加工されている。
前作『ザ•サークル』と同様に坂元達也との共同プロデュースとなっています。
冒頭の言葉、性善説の解釈としては、過去を振り返って60年代、70年代、80年代、このアルバムがリリースされた90年代と同じように悪い時代だったかもしれない。そんな中の先駆者たち。手塚治虫やディズニー、影響を与えてくれたポップ•ミュージック。彼らの作品や音楽を振り返ってみると押し並べて性善説に立っている。その事がすごく大事なんだと。
そして、そんな時代に性善説の視点にたって、ものを作るなんて発言は、勇気がいるし、愚かなこと。でもポップ•ミュージックというフォーマットを使い、佐野元春という名でやってみたかったと語っています。
ザ•ハートランド解散からスタジオに戻る1年は、"自分とは一体何者なのか"ということを考えていたという。自分はなぜ曲を書くのか、詩を紡ぐのか、人前で演奏するのかと、ひとつだけわかったことは、"曲作りや詩作りは、やめられねぇな"ということだったという。いよっ、江戸っ子!!
バンドが解散してから、制作の意欲が衰えるどころか、攻撃的になっていき、食事をするように曲を作っていったということです。
レコーディング•メンバー探しは国内外問わず、自らライヴ会場にいったり、音源を聴いたりして集められました。
そこで集められたメンバーとのレコーディングは、長年連れ添ったザ•ハートランドとの活動を離れる事により、忘れかけていた発見、例えば演奏中に見いだすことのできる自由さを感じていたという。
ザ•ハートランドは少しスウィングのかかったアフタービートのリズムが得意であり、バンドに合わせて曲をつくっていた面もあったという。バンドにこだわらない楽曲を作れる状況、そこから作品が生まれてくることとなった。
当初、数曲のプロデュースを依頼していたアル•クーパーとのナッシュビルでのレコーディングも予定されていたが、ご家族の事情で中止になるというハプニングもありました。
年明け'96年1月から"インターナショナル•ホーボー•キング•ツアーをはさみつつ、’96年の4月に全ての作業が終了してリリースされる事になります。
このアルバムは"佐野元春とともにめぐる意識の世界ツアー"として聴いてもらえたらうれしいと語ってます。
1.インターナショナル•ホーボー•キング
そして意識の世界ツアーは"僕の庭ではじまる"
冒頭の鳥の鳴き声は元春が早朝5時に庭にお米をまいて、その近くにテープレコーダーをセットして録音されている。
庭にお米を巻く努力。なんか微笑ましいですよね。
その後に聴こえてくるのはボワーンというドラの音に続いてゲーム音楽のようなモジュール音。窪田晴男の不安を煽るようなギターリフがサイケデリックなテイストを醸し出し、不協和音の海に投げ出される。
そこにアコースティック•ギターを2本重ねてより厚みを加えて音の壁ができあがった。『サムデイ』に参加していた吉川忠英と安田裕美の演奏によるもの。
"よそ者みたいな気分で街を歩き続けて"
ここでの"よそ者"は"ミスター•アウトサイド"なのだろうか。
"ホーボー" 60年代のアメリカ各地を放浪していた者。元春はこれを現代のインターネット時代の"ホーボー"に置き換えて国際的な放浪の王様というコンセプトをつくった。
"タオイズムにしびれた君は羽をつついてる"
そしてもうひとつは、"ロックンロール•ウィズ•タオイズム"というコンセプト。『タオのプーさん』という本もあるように、対立の概念は捨てて融合するものだという思想に基づいている。
Bメロの素晴らしさと徐々に盛り上がりを見せる小田原豊のドラミング。そこにメロディー•セクストンとお姉さんのサンディ•セクストンのゴスペルタッチのコーラスが新たな魂を注入しています。
2.楽しい時
アルバムから第2弾シングルカット。
サウンドのデザインはドクター•ジョン➕ビートルズ➕ハリウッド•サウンド。
元春が弾くジャズマスター(おそらく)で始まるイントロから綺麗なストリングスとセカンドラインのビート。そこに佐橋佳幸のロカビリーテイストなギター、ハンドクラップに合わせるように吉川、安田の両名による2本のアコースティック•ギターが厚みを増している。そしてスカパラホーンズのブラス•セクションも加われば無双状態。ローリングするピアノは奥田民生や渡辺美里のサポートをしていた斉藤有太。
"いつも君といるだけでうれしい"
"いつも君といるだけでせつない"
どっちなのー?と思うけど、今まで、聴いてきた君ならわかるよね。
そうアンビバレント(相反する)気持ちを表現してるんだと思う。
"いい時を過ごそう"と歌われる詩は今までの作品からみると簡潔になっている。
それに関しては
"簡潔と同時に断定的になっている。以前は言い含めた、いろいろな言葉を使って回りくどく説明したところをシンプルに表現したと語っています。
クレジットにはないけど、曲終わりに聴こえるセクストン姉妹のコーラスもカッコいい。
アルバム•ヴァージョンは曲が一旦終わってからカントリー•タッチのギターとハミングが追加されてますね。
シングルのカップリングに付けられたタイトル、千客万来バージョン
たまたま食べていたコロッケの包装紙に書いてありこの言葉がぴったりだと思ってつけたみたい。
江東区豊洲にある江戸深川屋のコロッケだと思われます。
MVも制作されました。映像にも写っているベスパで撮影現場に向かう時ノーヘル、スピード違反で白バイに捕まったというオチも、ノーヘルって、もとはる〜
3.恋人達の曳航
バート•バカラックの曲構成にインスパイアされてできた楽曲。
この3分間は、まるで一本の映画を観たような気分にさせてくれる。
ザ•ハートランドとの違いが特に顕著に現れている曲なんじゃないかな。
曳航という言葉を改めて調べてみると、何かに引っ張られる船。
ここでは恋人達の船が銀色の海の上、羽を閉じた天使たちに導かれてゆくイメージだろうか。
佐橋佳幸のアコースティック•ギターと西本明のウーリッツァー、そしてハープとチェロの響きがとても美しい楽曲。
テンポ•チェンジする"二人の船が今〜"の箇所は3声のハーモニーを重ねている。ここはドキドキする展開なんだよね。
4.僕にできることは
時代的に日本でもボランティアたちが自然発生的に現れていた「誰かの役に立ちたい」という献身的な気持ち、それを上手に組み立てができない日本の社会。そんな観察の中から生まれた楽曲だという。
"憎しみがまた別の憎しみを生む世界"
「マンハッタンブリッヂにたたずんで」での
"ストレートに誰かに愛を告げて その愛がまた別の愛を生む世界"
これに対して"そんな夢を見てた僕もクレイジーと理想を歌ったのとは、真逆の世界に見える。
でもそこは、"空っぽの意味だけが永久に繰り返されても 遥かな地平線の向こうに青空がのぞく限り" 理想はすてない意思も感じられる。
ここでもストリングスとメロディー姉妹のコーラスが彩を与えてくれている。
5.天国に続く芝生の上
シャンソン的なフレーズ、ミュゼットという音楽スタイルを使用している。
元春の父親と母親が若い頃に出会い、結婚に至った時の結婚式を想像して書いた楽曲。
それを観察している"僕"は芝生の丘が天国に続いているのを見て次の曲に繋がってゆく。
6.夏のピースハウスにて
組曲のように繋がって聴こえてくるのはストリングス、クラリネット、フルート、ファゴット、ホーン、トランペット、ハープといったクラシック音楽の編成のインスト曲。
前の曲「天国に続く芝生の上」が人生において"ある始まり"ならば、"ある終わり"を表現した楽曲。
"ピースハウス"とは元春の母親と過ごしたホスピスの名前。そこで亡くなられたという。
この繋がっている2曲に関しては、一方的なひとりよがりの表現ではなく、人間の生と死というテーマをソングライターとして日時的に捉えて、寓話化し、誰もが想像できるポップな表現をするという事を証明したかったと語っています。
7.ヤァ!ソウルボーイ
アルバムから第3弾シングルカット。
「ダウンタウンボーイ」「ワイルドハーツ」の主人公を成長させているとコメントを残してます。
元春の楽曲は、ともに成長して"グローイング•アップ"する姿がもう一度垣間見れるところが魅力のひとつなんだよね。
"すべてをスタートラインに戻してギヤを入れ直して" "いつか自由になれる日をあてもなく夢見ていた"主人公が少し大人になり、"夢見る頃 遠くに過ぎ去ってしまっても もう一度試してみるのさ"と誓う。
そしてもうひとつ、マサチューセッツ州ローウェルに行きジャック•ケルアックの墓参りした時のインスピレーションを受けて作られている。
ここで印象的なプレイは佐橋佳幸の乾いたストラトキャスターの音色のギターだろう。間奏と終盤2回のリードソロもカッコいい。
8.すべてうまくはいかなくても
元春が弾くハモンド•オルガンから始まるフォーク•ロックな楽曲。
リリックは少しほろ苦く、過去の理想や約束、夢をつかみたいものを一旦リセットして少しだけやり方を変えているよう。
でもそこはバンド•メンバーの寄り添って演奏により力強ささえ感じる。
"窓にもたれて" という言葉もあの頃と基本的に何も変わってはいなく"信じてる"という言葉が胸を打つ。
間奏のブルース•ハープの響きも素晴らしいです。
9.水上バスに乗って
このアルバムが制作された’95年の5月、実際に元春が日の出桟橋から水上バスに乗って浅草に行った時に出来上がった楽曲。
このような水上バスといった固有名詞を採用する楽曲は新鮮さもありましたね。外国語ではなく日本語だったので。
"うまくゆかないときでも 君に守られてる 終わりのこない日常に 苛立ちも捨てて"
"終わりのこない日常" は「情けない週末」での"生活といううすのろ" に通じるテーマではあると思うけど、この曲では楽天生を感じられる違いがありますね。
演奏はこの年の5月にメジャー3枚目の『センチメンタル•キックボクサー』をリリースしたプレイグス。
プレイグスに関しては誰でもいいとというわけではなくプレイグスでなければいけない理由があったという。
セッションに1日、2日にかけてレコーディングされている。元春とフロントマンの深沼元昭の二人の共通点はクリーデンス•クリアウォーター•リバイバルが好きということだったみたいだね。フカヌーからは、ディランとグレートフル•デッドみたいなセッションをしたいという思いもあったという。最終的に前回のテイクをアップ•テンポにして再レコーディング。これがOKテイクとなる。
井上鑑によるアレンジのストリングスもいい感じに流れている。
10.言葉にならない
つれないあの娘への唄。眠たげなヴォーカルはレコーディングの時、本当に眠かったみたいだね。
元春のオルガン、窪田晴男のギターカッティングが渋い。
11.十代の潜水生活
アルバムの先行シングル 経験の唄と両A面扱い
このアルバム制作の一番最初にセッションに入った楽曲。
明言はされてないけど、地下に潜り込み気づかれはしないとつぶやいた「シティチャイルド」の主人公が少し成長した曲なんじゃないかな。
Café BohemiaやBig Fat mamaなどニヤリとする部分も。
敢えて寓話性を作りだしているこのアルバムで珍しく時事性を感じるリリック。
「誰かが君のドアを叩いている」でも扱われた"誰かの神" について"誰が何を信じていてもかまわない"
その頭上にあるのはいつも太陽が照らしている。
ちょうど地下鉄の事件があったこともあり、尊師という言葉を使ってシニカルさを出している。
ノリノリのスカパラホーンズが楽しい。
ローリングするピアノで参加しているのはKYON。セッション参加は遅く’95年の10月からなので後からダビングしたものだろう。
アルバム•ヴァージョンはリバーブをきかせた残響感のあるミックスになってます。
12.メリーゴーランド
Co-Produced by ヒロ•ホズミによるヘビー•ファンクといった仕上がり。井上富雄のベースもブンブンうなっている。
そういえばジョン•レノンも「My Mummy's Dead」という楽曲を残してるね。
13.経験の唄
アルバムの中で大事な曲のひとつと語っていました。
英題は「Song Of Experience」ウィリアム•ブレイクの詩集「Song Of Innocence and of Experience」を参考にしている。
繰り返しの表現が多用されているが敢えて繰り返しの表現をしているという。
一番最後は鳥肌もののフレーズだと思う。
ここでのドラムスはコレクターズから阿部耕作が参加している。この時ちょうど伊藤銀次がコレクターズをプロデュースしていた関係もあり、特にQちゃんのプレイが気に入っていて参加に至っている。
元春はなんたって、加藤ひさしがコレクターズを結成する前のバンド、ザ•バイクのライヴに実際に出向き「僕は恐竜」をいち早く自らのラジオ番組でかけたからね。
爆発音、波の音、ジェット戦闘機、夏の子供たちがプールサイドで遊ぶ効果音が使われている。
言葉と効果音を響きあわせることによって、幸福なイメージにも、不吉なイメージにもなる。その相反するふたつのイメージが交代交代に顔をのぞかせるように仕上げてある。
当時メジャー•リーグのドジャースで活躍していた野茂英雄が出演する生命保険会社のCM曲として提供されることになります。
MVは宮沢賢治をイメージして世田谷区砧公園で撮影されました。
14.太陽だけが見えている➖子供たちは大丈夫
子供たちが持っている聖と邪を見抜く鋭い感性に捧げて作成された。
コンピレーション•アルバム『No Damage』の歌詞のインナーに記載されていた"KID"という詩を改訂している。
"ビー•トウィステッド!" "ねじれろ!"この表現について、ねじらなければ見えない真実もあるということ。
きょう/かいせん/が/ぼけてく
たい/よう/だけが/みえてる
この独特なアクセントの付け方が切れ目のないビートを作り出してる。
冒頭のアカペラは「Don't Worry Be Happy」でお馴染みのボビー•マクファーリン。
この曲だけサブスクにはないんだけれど、クレジットに、Contains elements of "Same Song" Performed by Digital Underground とあるので、そのためですね。
15.霧の中のダライラマ
スタジオの中での何気ないセッションからできた楽曲。
わずか1分の曲だけど、歌っちゃいます。シャンバラ シャンバラ シャンバラ〜♬
16.そこにいてくれてありがとう-R•D•レインに捧ぐ
精神病理学者であり、文学者、詩人でもあるR•D•レインに捧げている。
アルバムを締めくくるひとつ前にハッピーになれる楽曲だね。
17.フルーツ ー夏が来るまでには
アルバム制作の終盤’96年の3月に書き上げられたラストを締めくくるポエトリー•リーディング曲。
一番最後のフレーズ"僕らはもっと陽気になれるはず"は1曲目の「インターナショナル•ホーボー•キング」のあるフレーズに呼応している。
それぞれで探してみてくださいね
そしてツアーは"僕の庭で終わる"
ダンスが終わる前に
アルバム未収録のヤァ!ソウルボーイのカップリング。
渡辺満里奈に提供した曲のセルフカバー。
女の子目線の曲なので、元春ヴァージョンは少し照れくさい。
ギターは元シュガーベイブの村松邦男。
元春がいうところの幕の内弁当のような"日本語で聴けるすごく楽しいポップアルバム"
近年のザ•ハートランドとの制作より、ポップ度がかなり強く、自由に作っていったのだとわかるアルバムの印象です。
ミュージック•マガジンにおいて1996年度年間ベストアルバムの"日本のロック/ポップス部門で1位になりました。
今回はここで終わりです。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
では、また!!
参考文献
※This No.3 Summer 1996 vol.2
※Diary Studio Days
※ミュージック•マガジン 1996 8月号
※PAUSE SPECIAL ISSUE フルーツ 佐野元春
※Café bohemia Vol.57
※bounce 165 MAY 1996
※佐野元春ベスト•セレクション1980-2004 ライナーノーツ