佐野元春andTheHoboKingBand THE BARN
Dear Mr.Songwriter Vol.29
10遍の短編集を創るつもりで書いた。唄の主人公はおとなの男たちだ。人生に行きづまりを感じながらも、最後の希望を見つけようともがいている。そういう男を描いた小説集です。
MWS ニュージェネレーションのための佐野元春CDガイド
今回は11枚目のオリジナル•アルバム『THE BARN』です。前作の『フルーツ』が様々なミュージシャンを起用したアルバムでしたが、今作では新たに結成したバンド"International Hobo King Band"(以下I.H.K)とのレコーディングとなりました。メンバーは
ドラムス 小田原豊
ベース 井上富雄
ギター 佐橋佳幸
キーボード KYON
キーボード 西本明
レベッカ(小田原)、ルースターズ、ブルートニック(井上)UGUISS(佐橋)、ボ•ガンボス(KYON)過去にバンドを解散している、バンド バツイチの敏腕メンバーと元ハートランドから、通訳?というかメンバーの引き渡し役として明さんが加入しています。
'96年1月から2月までのお披露目ツアー"インターナショナル•ホーボー•キング•ツアー"を開催。アルバム『フルーツ』を7月にリリース。そのプロモーションの"フルーツ•ツアー'96"を9月から年末12月まで開催します。
アルバム『THE BARN』のコンセプトのキーワードを解くヒントは、ジョークまじりに名前をつけた"楽屋ロック喫茶HOBO KING"だろう。
フルーツ•ツアーの楽屋に佐橋さんが購入したポータブル•レコード•プレイヤーを持ち込み60年代のフライング•ブリトゥ•ブラザーズなどのカントリー•ロック、70年代のグレイトフル・デッドやスティーヴン•スティルスなどの米国のバンドやシンガーソングライターのレコードを流していたそうです。
海外の音楽シーンでは、90年代の中頃にウィルコ、サン•ヴォルトに別れることになるアンクル•テュペロ、ライアン•アダムスが在籍していたウィスキー•タウンなどの"オルタナ•カントリー"と呼ばれるバンドの音楽もこのアルバムの方向性を決めるヒントになっているんじゃないかな。
国内のレコードメイカーがジェシ•エド•デイヴィスなどをCDとして再発見するシリーズ『名盤探検隊』などもあり、自分もカントリー•ロックの魅力に気づいた時期でもありました。
このようなムーブメントに共鳴して、オルタナティヴを経由したアメリカーナ音楽というテーマがあったといいます。
テレビ出演という出来事もありました。’96年7月に日テレ系のバラエティ番組"とんねるずの生でダラダラいかせて" "生ダラ"において、楽曲提供して欲しいとの要望でテレビ出演します。生◯というバイクチームのテーマソングを作るという設定です。とんねるずの石橋貴明(Andy)、この頃よくバラエティに出ていた元巨人軍の定岡正二(SHOW)、B21スペシャルからデビッド伊東(JOSE)の3人がそれぞれ詩を書いて、その詩を直したり付け加えたりしながら、曲を作るという試み。水上バスで現れたり、謎のボディガードをつけたり、フェルナンデスのZo-3ギターを弾いたりして、おそらく元春サイドの注文の演出での登場シーンも印象的でした。
そしてIHBが演奏を担当して完成したのがANDY'Sとしてリリースした「FREEDOM」です。
これはまさにカントリー•ロックという仕上がり。
この制作過程はYoutubeで今は観れます。久々に見たらやっぱり面白かったですね。
そして記念すべきI.H.Kとしての初めてのレコーディングがこの「FREEDOM」なんです。
ギターの佐橋さんがいうところの『THE BARN」のエピソード"ゼロ"
このイントロのリフは元春と佐橋さんふたりで考えながらツアー中に作りあげたそう。
後にシングル「ヤング•フォーエバー」のカップリングとしてリリースされる事になりました。
もうひとつのキーワードとしては、バンドとのコラボレーションへの情景があったという。
’93年リリースの『ザ•サークル』はハートランドのスケジュールの調整や予算の都合で、まず最初にコンピュータを使ってプリプロダクションを行い制作された。
前作の『フルーツ』はH.K.Bの原型になる楽曲はあるにしても、バンドサウンドというより、スタジオで作り上げた様々な音楽性を持ったソロ•アルバムというもの。
当時の日本の音楽シーンはダンスミュージックが流行っていた。それに反逆ではないけれど、バンドのメンバーと一緒に音楽の原始的なモチベーションを大事にする、そんな生の音楽と向き合いたかった思いが強かったといいます。
先程の楽屋でのレコードやメンバーと話しているうちに、60年代後半から70年代初期の音楽を聴きながら育っていたということに気づき(特に佐橋コロちゃんとKYON)バンドメンバーとの〈ひとつの交差点〉が"ウッドストック"であることを発見する。
(※ベースの井上富雄(以下トミー)はブリティッシュ•ロックを熱心に聴いていたタイプだったからアメリカン•ロックはバンドメンバーに教えてもらったとコメントを残しています。)
このウッドストックという地は’83年の『VISITORS』制作直前にもうひとつのレコーディング場所として候補に上がっていた。最終的に当時の若い元春青年はニューヨークの喧騒の中での制作を選んだけど、いつかこの場所を再訪する予感を抱いていたといいます。
プロデュースを依頼したのはジョン•サイモン。
ザ•バンドの初期2枚『ミュージック•フロム•ビッグ•ピンク』通称ブラウンアルバム『ザ•バンド』のプロデュース、自身もソロ•アルバムをリリースしている。
エンジニアはジョン•ホルブック。
70年後半から80年にかけてべアズヴィル•スタジオでレコーディング•エンジニア、プロデューサーてして活躍している。ランディ•ヴァンウォーマーやニコル•ウィルスを手がけている。
ジョン•サイモンの橋渡し的な役割をしてくれたのは、ファンクラブの会報にも連載をしていたシュガーベイブなどのマネジメント、レコードショップ"パイド•パイパー•ハウス"のオーナー長門芳郎氏だ。
長門さんは当時、ジョン•サイモンのアルバム『アウト•オン•ザ•ストリート』を制作していて日本の窓口となっていた。
そこでジョン•サイモンから元春について問い合わせがあり、音源はもちろん、日本の音楽シーンの立ち位置、音楽性のバックグラウンドなどを説明し、快諾してくれたそうです。
’97年5月にバンド名を"The Hobo King Band"(以下H.K.B)に変更。それと同時にスタジオに入りセッションを開始します。
7月にはジョン•サイモンに一度、日本に来てもらいアルバム収録予定の8割ぐらいの曲をライヴで披露する。そこでの演奏を見たときに、H.K.Bにぴったりと合うべアズヴィルのバーンスタジオをセッティングしてくれたようですね。
ちょうどその時に先程の"生ダラ"の収録があり、ジョン•サイモンもお茶の間に登場することになりました。
そして準備が整い7月29日から8月19日までの3週間ほどウッドストックでの共同生活とレコーディングが行われる事となります。
ウッドストックという土地はマンハッタンから北に車で約2時間半ほどの人口4千人ほどの小さな町。
有名なウッドストック•フェスティバルが行われた会場のマックス•ヤスガー農場は厳密にはウッドストックではなくホワイトレイクだったみたいだね。
レコーディングに使われたスタジオは、ウッドストックに隣接するべアズヴィルにある納屋を改造して作られた"タートル•クリーク•バーン"通称ザ•バーン" そのスタジオの名前がそのままアルバムタイトルとなります。
まずスタジオのブースをH.K.B専用にハンドメイドで作り変えてもらい、1日1曲のペースでほぼダビングなしのライヴレコーディングが行われます。
8月にウッドストックでのレコーディングが終わり9月からニューヨークでミックス作業をして完成となりました。
「7日じゃたりない」「マナサス」「誰も気にしちゃいない」の3曲はバーンスタジオでのジョン•ホルブックによるラフミックスがベストという事でそのままの空気と香りがパックされています。
1.逃亡アルマジロのテーマ
アルマジロの鳴き声は聞いたことないけど、こんな感じなんでしょうか。少し不気味なオープニング。
元春自身も"どうしてあの奇妙でけだるいこの曲をアルバムの冒頭に据えたか、わからない(笑)と後に語っています。
2.ヤング•フォーエバー
前作「フルーツ」でのプレイグスとのセッションは2曲あり、1曲はアルバムに収録された「水上バスに乗って」そしてもう1曲がこの楽曲だった。なので他の楽曲と比べるとこの曲だけ少し印象が違って聴こえる。
アウトテイクにした理由は、プレイグス云々ではなく、元春自身の問題だったという。
そしてもう一度"H.K.B"とセッションの中で納得がいく形となりこのアルバムに収録されることになります。
佐橋コロちゃんのグレッチとKYONのリッケンバッカーの12弦ギターの絡みがカッコいい。
サウンド•デザインとしてはボブ•ディランの息子のジェイコブ•ディランがフロントマンのザ•ウォールフラワーズの楽曲「The Difference」を彷彿させる。
ディランといえば、「フォーエバー•ヤング」「いつまでも若く」という楽曲がある。
生まれてきた息子に向けての歌だそうだけど、こう歌っている。
神の祝福がいつもあなたにありますように
つよい基礎をもち
変化の風向きがかわろうとも
あなたのこころはいつもよろこんでいて
あなたの歌がいつもうたわれ
あなたがいつまでも若くありますように
歌詞対訳 片桐ユズル
この「ヤング•フォーエバー」に関しては、同じ時代に生きてきた友人たちに向けての歌なんだと思うけど、それと同時にティーンエイジャーより下の世代、例えば6歳の時の佐野元春くんに向けて歌った曲と語っています。
シングル「ドクター」のカップリングにはアコースティックヴァージョンが収録されています。
3.7日じゃたりない
まず想像するのは、ビートルズの楽曲「エイト•デイズ•ア•ウィーク」
ここでは週に8日君を愛してるという内容だけれど、実際にはリンゴが当時の多忙を極めていた現状に「週に8日も仕事だなんて」と嘆いていたことがヒントになったみたいだね。
「ナイトライフ」の主人公の男の子が少し成長したようなリリック。恋をした時の誰もが愚かになる気持ちを詩人の心を持って表現している。
サウンド•デザインとしては、マーヴィン•ゲイの楽曲「ドント•ドゥ•イット」をカバーしたザ•バンドへの敬意をこめている。
リズムパターンがいかにもウッドストック•サウンドという感じ。
冒頭からガース•ハドソンのアコーディオンも素晴らしい音色を作り出しています。
アルバム『VISITORS』にも参加していたバシリ•ジョンソンがパーカッションを担当している。
4.マナサス
タイトルはスティーヴン•スティルスのマナサスをイメージして仮タイトルをつけてそのまま正式なタイトルになったと思われます。
アコースティック•ギターとバシリ•ジョンソンのパーカスがオーガニックな雰囲気を醸し出している楽曲。ヴォーカルも張り上げるところもなくまるで森にいるような雰囲気。
間奏のギター•ソロは元春のプレイ。味があるというか独特の鳴りがあって好きなんだよね。
べアズヴィルの森をイメージしたというリリック。ほとんどの曲は東京で書いたというが、ウッドストックという土地で生まれる何かを期待して現地で書きあげた。この自然の中「シーズン•イン•ザ•サン」のシングルレコードにも記載があるヘンリー•D•ソローの作品"森の生活"を読み返していたという。
5.ヘイ•ラ•ラ
マナサスからのこの曲の流れが好きですね。
マイナー7thの胸を締め付けられるようなイントロ
から始まる。リリックは少しヘビーだけれども"H.K.B"の暖かい演奏とコーラス•ワークが美しく響く。
ヴォーカルも重ねてなくシングル•ヴォイスなので、目の前で歌っているように感じます。
このヘイ•ラ•ラは、セラヴィのようなものなのかな。
絶望の中にもラスト•ヴァースでは
"さえない気持ちはどこかに捨てて 生きているうちにすてきな夢を 夢をみるのさ"
と希望が見える。
6.風の手のひらの上
’97年7月に大阪の千里万博記念公園で開催されたイベント"MEET THE WORLD BEAT"のために書き下ろした楽曲。一度、東京でレコーディングしている。
ウッドストック現地に着いてから3日目、アレンジなどは変更されてセッションを開始、レコーディングされた。
佐橋コロちゃんのコメントによると、出来上がりの曲を聴くと、東京でレコーディングした曲とはまったく別の曲の印象だったみたい。
今回のレコーディングは24チャンネルのアナログ方式。’97年ともなれば、当然デジタルが主流、チャンネルも多くなっている。でもこのアルバムのサウンドは敢えてアナログの質感をだすためこの方式をとっている。
変更点でいえば、プロデューサーのジョン•サイモンの薦めもありヴォーカルのマイクを変えている。
今までのマイクはシャウトをしても力強く録音されるマイクを使っていたというが、当時辛いことが重なりヴォーカルの調子を落としていた時期。シャウトをしても思い通りにならないもどかしさがあった。ジョン•サイモンはそこに気づき、ソフトなヴォーカルでも高音域が録音できるマイクに変えてみないかという提案があった。最初は抵抗があったらしいけど、録音した曲を聴いて納得したと語っています。
サウンド•デザインはやはりザ•バンドをモデルにしている感じ。
ヴォーカルについては、歌い出しの部分はドラムスのビートの裏側に言葉を当てはめてスウィング感をだす実験をしているという。
転がるKYONのピアノと明さんのオルガンの絡み。なんといっても聴きどころは青空を駆けていきそうなコロちゃんのギター•ソロだろう。
"そうさ 憂いてみても始まらないのさ"のところの、コロちゃんとKYONのコーラスはいつ聴いても好きなところ。
このリリックに関しては
銃をとって一度覚悟を決めた男が、誇りをささえているものが崩れてしまわぬように、再び奮い立たせたものは何なのか。
英題が「The Answer」ディランの「Blowin' in the Wind」のアンサーソングというか、どちらも答えを明確にせず、聴き手に委ねるという共通点はあるんだろうけどね。
ラスト•ヴァースの"風は手のひらの上"と変えているところに何を感じるか、かな?なんて思っています。
7.ドクター
Doctor
トミーのクールなベースラインに導かれて徐々に演奏が盛り上がっていく。
テンポ•チェンジするところからアコーディオンとカントリー•タッチのギターが加わるところは"H.K.B"の真骨頂なんだろうね。
リリックは亡くなってしまった妹に向けて"医者だったら救えたかもしれない"と考えて作った楽曲。
ウッドストックに行くことが決まってからの出来事でレコーディングに行くことも悩んでいたそうだけれども、今は悲しみに伏しているときではないという使命感があったという。
アルバム発表後の1998年にシングルとしてリリースされた。
8.どこにでもいる娘
こちらも妹を歌った楽曲。同時にその当時の元春の希求でもあると語っています。
目の前で現実的に起こった出来事を素材にして歌にしてしまうことをソングライターとしての残酷さがある、という表現をしている。そして残酷と感じるかどうかはリスナーが決めること、とも付け加えています。
短い曲だけど、今までありそうでなかったプログレ的な展開。ここでもコロちゃんのギター•ソロは素晴らしい。
9.誰も気にしちゃいない
Nobody Cares
ウッディ•ガスリーからボブ•ディランに連なるフォーク•ブルースの形態の楽曲。
"誇りをなくした子供たちの目"
「風の手のひらの上」の
"誇りをささえているものが 崩れてしまわぬように"
この"誇り"という言葉。曲づくりにおいて、時代性なんてことよりも、一番大切なことなんだと語っている。
エリック•ワイズバーグによるペダル•スティール•ギターがとても美しい。
10.ドライブ
Drive
コロちゃんが弾くスライド•ギターがまさにウッドストックの自然の中をドライブしたくなるような楽曲。小田原さんのドラムスがとてもロールしていて気持ちいい。
ついに愛の謎が解けてしまった??
11.ロックンロール•ハート
Rock and Roll Heart
「マナサス」と同様にウッドストックの生活の中の美しい自然を身近に感じて書き上げた楽曲。
みぞれ、向かい風、それでも屈しない強い心を歌ったという。
歌い出しの"壊れた翼に乗って"の箇所。当初は"壊れた車"だったみたいだけれども、KYONが車だとうまくイメージをキャッチできないということで、変更された。今までのソングライティングの中で言葉について助言を受けたことはないと語っていました。それもウッドストックの自然のなす技でしょうかね。
ここで敢えて歌われるロックンロールの心とは、なんだろう。
元春が随時口にする言葉、ロックンロールとは最高のアートフォーム。
そのロックンロールという言葉の有効性に"時々何も聴こえないふりをしてしまうことが罪だった"のではないだろうか。
ハーモニカはジョン•セバスチャンが参加。ソロの手前はラヴィン•スプーンフルの楽曲「魔法を信じるかい」を彷彿させるドラムのフィルをしのばせている。当時喉を痛めていて、ずいぶん前から歌うことをやめていたセバスチャンがコーラスを歌ってくれるという魔法もありました。
11.ズッキーニ ホーボーキングの夢
Zucchini The Hobo King Dream
アルマジロのAで始まりズッキーニのZで終わる。
ジョン•サイモンが作曲したインストナンバー。
ここ数年におきた家族の出来事が少なからずともソングライティングに顕著に表れている作品の印象があります。そこの箇所をお涙頂戴ではなく、詩人として、ソングライターとしてあくまでもポップに表現する。そのようなことができたのは、
ソロでの活動ではなく、新しい仲間THE HOBO KING BANDのメンバーが持っている演奏力はもちろんのこと、その世界を包み込む空気、そしてウッドストックでの自然に触れることで抱えていたブルースがひとつひとつ消えていったのではないかな。
今回はここで終わりです。最後まで読んでくれてありがとうございます。
ではまた!
参考文献
THE BAN TOUR '98 パンフレット
ウッドストック•レコーディング観察記 能地祐子
Café bohemia Vol.65. Vol.66
佐野元春シングル•コレクション ライナーノーツ
佐野元春GREATEST SONGS COLLECTION 1980-2004 ライナーノーツ
Création Vol.2 Autumn 1998
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