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佐野元春 & ザ•コヨーテバンド BLOOD MOON

Dear Mr.Songwriter Vol.35


『ZOOEY』はすごくプライヴェートな視点で書かれた曲が多いんだけれども、今回の『BLOOD MOON』は、もっと社会的な視点で書いた曲が多い。現実の苦い認識をどれくらい、自分のポップアルバムに反映させるか、その匙加減はすごく難しいところです。今まで僕も何回も経験してきて、うまくいったのもあるし、そうでないものもあったんだけれども、なぜかこの『BLOOD MOON』制作中は、この現実の自分の苦い認識は、必ず多くの人たちに伝えられる演奏とメロディと僕の態度、それを持っている自信がありました。『失敗することはない。だから思い切ってチャレンジしよう」。そういう気持ちが製作中ずっとあったね。

ROCKIN'ON JAPAN SEPTEMBER 2015 VOL.456


BLOOD MOON
2015.7.22
Produced by Moto 'Lion'Sano
Co-Produced, Sound Editor 大井’スパム'洋輔
Recorded & Mixed by 渡辺省二郎
Mastering Engineereded by Ted Jensen
Art Conception & Derection 佐野元春
Front &Back Cover Design
Peter Curzon(StormStudio Design Ltd.)

今回は、コヨーテバンドとして3枚目、通算16枚目のオリジナル•アルバム『BLOOD MOON』です。
『COYOTE』『ZOOEY』と続いての3作目、『COYOTE」三部作の完結編と位置付けだという。

アルバムジャケットのデザインは英国の〈ヒプノシス〉(ピンク•フロイドの牛のジャケット『Atom Heart Mother 原子心母や、レッド•ツェッペリンのPresenceなど)の流れを汲んだ〈Storm Studios〉が担当しています。

その経緯に至っては、音楽パッケージが売れなくなってきている今に、面白いアルバム•アートワークがあまり多くない。そんな時だからこそ、〈Daisy Music〉ではいいアートワークをプレゼントしたい、そんな思いがあったという。

印象的なシュルレアリズムを感じるこのアルバム•ジャケットのデザインを担当したピーター•カーゾン氏は、元春がロンドンに出向いて行ったミーティングの中で『BLOOD MOON』という言葉は、「ポジティヴな響きに聞こえない」という発言があったそう。そこは「ポジティヴにしたい、ただポジティヴ過ぎるのもよくない」という話し合いを重ねた中で生まれたものだという。

今回のアルバムは、アナログレコード、CD、iTune、ハイレゾのUSBという形態でのリリースになっています。
全12曲 48分40秒とレコード盤にしてもA面、B面がちょうどよく収められる時間となってますね。


レコーディングは映画にもなった〈音響ハウススタジオ〉
発表されている楽曲を見ると、一番古くて2013年10月の「誰かの神」新しいのは、2015年1月の「いつかの君」「本当の彼女」となっていて、未発表も含めると30曲はレコーディングしたみたいです。




1.境界線 The Border

シュンちゃんのピアノとハモンドオルガンで幕を開けるコヨーテ流ブルーアイドソウルと表現する楽曲。
シゲルの快活な跳ねるドラミングとカーリーのブンブンと歌っているベースラインがこの曲の肝なんじゃないかな。

新聞社のイメージ広告を依頼されて書かれたもの。「感じたままのど真ん中を くぐり抜けていく」というラインはジャーナリストだけじゃなく、今を生きるリスナーにも届けたい気持ちがあった。

君がそこに待っている


2.紅い月 Blood Moon

夢は破れて すべてが壊れてしまった

君が夢にみていたぬくもりは 他の誰かのためのお伽話だった

なかなか苦いワードが飛び出してくるこの楽曲はなかなか馴染めなかったのが本当のところ。

振り返ってみると2015年は「集団的自衛権」に関する法案、辺野古の埋め立て問題など、大きく何かが動きだしていた時期。

それはソングライターとして、自分が思ったことを、自分の思想とか関係なく、自分の目に映ったスケッチをできるだけ正直に、リアリティを持って歌にしていく、という躊躇ない表現方法、誰の目も気にしない態度が本能的に働いた結果なのだろう。

コヨーテバンドの淡々としながらも、このリリックに寄り添う力強いビートに気付いた時、何かが見えたような気がした。


3.本当の彼女 The Real Her

アコースティックな音の世界に心が暖まるような感じ。
過去作品の「ジャスミンガール」が少し大人になり、街に暮らす日常の日々をスケッチしているように感じます。


4.バイ•ザ•シー By The Sea

幼少期の頃から両親の影響で身近にあったラテン音楽。 

過去作品では「観覧車の夜」もラテン音楽を表現していたけど、ここに鳴っているのは、ラテンのスタイルを取り入れた70年代のスティーリー•ダンの楽曲をイメージしていたという。

リズムに身を任せて永遠に続いていってほしい感覚に見舞われるような楽曲。

でも、リリックの面で、少し苦手な感じも否めないところはあるんだよね。


5.優しい闇 Everything has Changed

闇というある種ネガティヴな言葉なんだけども、特別な何かをくれるようなそんな曲。

もはや言葉だけでは誰も励まされない。励ますこともできない。そんな悠長な時代でもない。リリックだけ切り離して何か言われても有効ではないと思いはじめている。強いビートが言葉とか観念とか形のない、根拠のないものを巻き込んでいくような強いビートが必要なんだと語っています。
これはこのアルバム全体にいえることだと思う。

それにしてもコヨーテバンドの強靭なビートと元春の歌は圧倒されてしまう。

東日本大震災の時、東京中が闇に包まれたある夜に見た光景が元になっているという。

あれから 何もかもが変わってしまった


6.新世界の夜 Perfect World

50年代のイージーリスニング、たとえばパーシー•スレッジ楽団の「夏の日の恋」のようなロマンティックな世界観を出したという。

シュンちゃんのピアノが美しく響く。その中で闇を切り裂くようなフカヌーのギターソロ、これはシビレルところ。

2022年に公開された映画『眩暈 VERTIGO』の主題曲に採用された。


7.私の太陽 Mon Soleil

原始的ともいえるビートから身体が揺さぶられる。

この楽曲のヒントになったのは、BS で放送された〈佐野元春のBack To The Roots〜ビートの原点を探す旅20,000キロ〜〉という番組の企画でニューヨークを起点にカリブ地方、アフリカなどを旅した経験が生きているという。

不確かな世界 不公平な世界 儚い未来
ここでもヘビーなリリックはでてくるけれども、この鋼鉄のようなビートに身を任せていけばいい、転がっていけばいい、なんて思わせてくれる。

そんな中でも「だいじょうぶ、と彼女は言った」にもでてくるGee Bop a Doo Gee Bop a Doo はこの世界の中に楽観性がみれるおまじないのようなものなのかもしれない。


8.いつかの君 Hard Times

反ファシズムの立場である友人に宛てた手紙のようなもの、ということだけれども、ある種、当時の過去の自分に宛てた手紙のようにも、とれてしまう。

この曲に関して元春は、小松シゲルのドラムスのハイハットの裏打ちにより、ユニークな弾力性を生み出してダンサブルなグルーヴを出している、シゲルのドラムスの貢献度が高かったとコメントをしています。


9.誰かの神 The Actor

ある日 聖者を気どっている妙な人にあった

そうか、英題はThe Actor 聖者を演じている妙な人に対しての曲。

ブルーの見解」の続編のような、もしくは「誰かが君のドアを叩いている」の世界も想起させる辛辣なリリック。

コヨーテ流のファンク•ロックというだけあって、シゲルとカーリーが生み出すグルーヴ、フカヌーとアッキーのツインギターのコンビネーション、シュンちゃんのクラビネットが肝になってますね。


10.キャビアとキャピタリズム Caviar And Capitalism

アルバム後半も怒涛の勢いでグイグイと攻めてくる。
詩人であり思想家の吉本隆明氏が亡くなったときにfacebookで書かれた詩が元になっている。

キャビアは欲望の象徴。キャピタリズムはあるひとつのシステムを表しているという。


11.空港待合室 The Passengers

ビート•ジェネレーションへのオマージュのリリック。
ジャック•ケルアックの『路上』を『空港』に置き換えたという。『空港』はあらゆるものが交差するハブのようなものと表現する、現代社会の混沌とした状況を提示した楽曲だという。

語るように歌う〈シング•ライク•トーキング〉表現の完成形ともいえるんじゃないかな。


12.東京スカイライン Tokyo Skyline

遠くに水平線が見えるようなサウンドを目指したという、とても壮大で心が締め付けられる楽曲。

葵いセロファンの海
高速道路から見える眩しい海の感じをとてもよく表していて、大好きなラインです。

夏の終わりを歌った曲だけれども、
「グッドバイからはじめよう」での"僕の手はポケットの中なのに"とリンクする"ポケットの奥を握って 何度さよならしただろう"というラインは今までの人生の中で経験した様々な別れを表現しているんだと思う。


このアルバムで表現したかったのは、リリックよりも、元春の発言にもあるように、強いビート。それが全体的に鳴っていて、それが強制ではなく、自然と身体に入ってくるグルーヴ感の心地よさ、それが一貫して存在しているのを感じますね。

初回盤のダウンロードでのボーナスだった大滝さんのカバー「あつさのせい」がアップされていますので、今回はこれで終わりです。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
ではまた!!

※参考文献
◯2024年初夏 ZeppTourで逢いましょう 佐野元春、コヨーテ作品を語る
◯SWITCH VOL.39 NO.6 JUNE.2021
◯THE ESSENTIAL TRACKS 2005-2020ライナーノーツ

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