佐野元春 & ザ•コヨーテバンド MANIJU
Dear Mr.Songwriter Vol.36
2015年前後から、国内外の権力者の振るまいに不自然なものを感じて、ふと気づくと現実はさらに複雑でタフで、簡単には突破できない不気味さを感じていた。これを打ち破るためにどうしたらいいかと考えた末、複雑な様相に立ち向かうのにはこちらも複雑になるしかないと思い立った。ポップ•ロックの表現を振り返ってみると過去の先達たちが試した手法のひとつとして"サイケデリック"という表現があった。目には目を、酩酊には酩酊を、混沌に対しては混沌で立ち向かえ。そんな感じ。そこを意識したのが『MANIJU』だった。
TOUR 2022 WHERE ARE YOU NOWパンフレット 佐野元春サウンド、その40年の変遷
訊き手:片寄明人 構成:SWITCH
今回は、コヨーテバンド結成13年目に突入の4枚目、オリジナルアルバムとしては、17枚目になる2017年リリースの『MANIJU マニジュ』です。
この聴き慣れない言葉『摩尼珠』と書くそうですね。これは禅の言葉で、誰にしも心に宿る厄除けの珠ということです。
珠、球体について、過去を少し遡ってみると、「スターダスト•キッズ」のTVスポットとして作成された映像。スーツで、かしこまった感じの元春からもうひとりの元春に投げる光る球体なんかもありました。
レコーディングは前作と同じ音響ハウススタジオで2016年の年明けから12月までの作業。
Co-Producerとして大井洋輔、録音とミックスは渡辺省二郎、マスタリングは2017年の3月から4月までテッド•ジャンセンが担当しています。
ジャケットは『BLOOD MOON』に続いてロンドンの〈StormStudios〉のピーター•カーソンが担当。フラワーハットを被った女性が涙を流している印象的なデザインとなっています。
この時期35周年のアニバーサリーが終わり心機一転として、新(シン)•佐野元春と宣言があり変化がありました。髪を短くして、体重も7キロくらい減量、低糖質とグルテンフリー、そんな体質改善をしていたようです。
アルバムのリリース前の4月にニューヨークで開催されたアート•フェスティバル〈1 Future〉に招待されます。
主催者側が元春が80年代にニューヨークで制作した『VISITORS』から米国でも12インチレコードがリリースされた「コンプリケーション•シェイクダウン」を知っていて、今回スポークンワーズの音楽表現で出演できないか、という依頼があったといいます。
この模様はテレビ番組になりNHKで放映されることになりました。
1.白夜飛行 Midnight Sun
フカヌーのゴールドトップのレスポールのカッティングで始まる軽快なナンバー。
曖昧なグラデーション 眩い光
「太陽だけが見えている」の中の
境界線がぼけてく 太陽だけが見えてる
にリンクするような錯覚を覚えるフレーズによって光の小旅行が始まる。
ブレイクのところカーリーとシゲルとスパムのパーカスで緩急をつけた演奏がアクセントになってますね。
間奏のシュンちゃんのピアノもいいんだよね。「私の太陽」で聴けたソロもいいんだけど、こちらも素晴らしいです。
アッキーはMVには写っているけど、ライナーには記載されてないので不参加なのかも。
2.現実は見た目とは違う The Mirror of Truth
なるほど鏡の中の真実、
いろんな思いが交差するタイトルです。
ふたつの異なる表現を繰り返すこの中で好きなラインは
本物の聖者は名前がない 見せかけの聖者は名前しかない
かな。
イントロの12弦ギターの響きでバーズのリスペクトとわかる楽曲。
ロジャー•マッギンと同じリッケンバッカーを使っているというコメントがあるけど、クレジットを見るとESPの12弦ギターの記載があります。
何処かで記憶がごっちゃになっているのか、クレジットが間違えているのか、どうなんでしょうね。
3.天空バイク Cosmic Bike
仮タイトルは「彼女は僕のラヴ」
このアルバムの中で最初にセッションした曲だそうです。
1曲目の「白夜飛行」と同じく、空を飛んでいく。しかも、ここでの主人公はバイクに恋人を乗せて飛んでいく、誰かに映画化してほしいような楽曲。
少し苦い現実を歌っていた前作とは変わって、今回のこのアルバムの空気感が違ってきた感じ。久々に無邪気さが戻ってきた印象を受けます。
元春が言うところの〈ボーイ•ミーツ•ガール〉スタイルの素敵なラブソング。
例えば「レインガール」で描かれた
"君と少しだけ踊りたい"
と願っていた少しだけ謙虚な主人公もいいけれど、ここでは、
"もっともっと 君の声が聞こえたらいいのに"
なんてこれは心の声なんだろうけど。少し積極的な主人公も応援したくなっちゃいます。
この曲に関しては、リッケンバッカーを使うと、もろにバーズのようになってしまうので、ESPの12弦をフカヌーとアッキーが弾いているとコメントがありますね。
ユニークなベースラインはすべての音の録音が終わってから、カーリーと元春で楽しく相談しながら作りあげたそう。
サイケデリックな世界があるシタールとタブラは、効果音を使ったということなのでプログラミングされたものと解釈してよさそうですね。
4.悟りの涙 (She's not your)Steppin'Stone
仮タイトルはレジスタンス。英題を略すと、長州力的に言うと"俺はお前の噛ませ犬じゃないぞ!"(笑)いやもとい、"彼女は君の踏み台じゃないぜ"というところでしょうか。
あの人は やってくるだろう
ブルドーザーとシャベルを持って
あの人は やってくるだろう
君の怒りの涙を踏みにじって
ポップソングにブルドーザーという言葉を聴いたのは「はたはくくるま」以外(笑)この曲が初めてかもしれない。
この曲は、単純なラブソングにしたくなかったといいます。
〈愛と憎しみ〉を巡る物語は個人だけにとどまらない。日々の暮らしから国家のあり方まで、さまざまな局面に横たわっている。この『悟りの涙』は、とても〈日常的な〉曲だ。でもそれを詰めていくと、結果〈政治的な〉曲になる。
あぁ、そうか、この発言から受け取れるのは、かつて〈Mr.Outside わたしがロックをえがく時〉長谷川博一 編での記事
僕のソングライティングはパイの作り方に似てる
というコメントに通じているものなんだろう。
ここでは、「シェイム」のソングライティングについて、アンチ戦争の歌だと思われることが多いけれど、実際には身の回りの家族のトラブルから生まれた曲だという。そこに世の中の偏見、アメリカの第三世界への行為のような政治的イメージも、パイの一枚として塗りこんでいく。そして個人的な心情も、もう一枚塗りこんでいくという。そして幾重にも異なったイメージを塗り込んだものが、見た目には女の子たちがペロッと食べてくれそうなパイの形をしていく。
そう
あの日から何も変わっちゃいない
という事を再確認しました。
愛するものへの告白ともいえるリリックは「レイナ」でも聴くことのできた慈悲深いものに繋がっているように感じます。
君が泣いた夜 僕も泣いた
ここでのコヨーテバンドのコーラスもいいんだよね。
寄り添うことしかできないなんて
切ない、なんて切ないんだ。
井上鑑アレンジの金原千恵子グループによる美しいストリングスが響くコヨーテ流のソウルミュージックといったサウンドデザイン。ここでの小松シゲルのドラミングについて
ラディックのセットで、スネア、キックのバランスをきちんと整えた上でミッドテンポのスムースなソウルなんだけど、音に関しては点がビシッととしているシャープなプレイでとてもソウル的
と評しています。
5.詩人を撃つな Dead Poets
フランソワ•トリュフォー監督の映画『ピアニストを撃て』
エルトン•ジョンのアルバム『ピアニストを撃つな』
を想像するタイトル。
この楽曲に関しては、まだ謎の部分が多いな、
Dead Poets
あぁ、詩人はもう撃たれてしまったのか、
6.朽ちたスズラン Let's Forget
スズランってどんな花だったかな。
白いきれいな花でした。花言葉はいろいろあって"純粋" "幸せな再会" 素敵なイメージです。でも強い毒性がある?
ここまで聴いてきて気になる言葉、それがあのひとです。
これに関しては、それぞれのあのひとがいると思うけど、
誰かを直接攻撃しているわけではなく、現状の理不尽さを寓話的に描いてみた。言葉だけを抜き出しても成立するもの。それにあてがう音楽は攻撃的なものではなく、60年代ニューヨークのグリニッジヴィレッジスタイルの、フォーキーでシンガロング的な楽曲にしているということです。
7.新しい雨 New Rain
2016年11月に、アルバムに先行してリリースされた3トラックEP『或る秋の日』に収録されていた楽曲。
僕の世代、君の世代 さっきからずっと君は ここで雨を待っている
仮タイトルは「ジェネレーション•ソング」
元春が描く雨はどことなくポジティブな印象を与えてくれる。
そして風向きが変わったら、さっそく出かけよう
コヨーテバンドのコーラスがここでも楽しそう。
一番高いところはシゲル、そこからフカヌー、シュンちゃん、アッキー、低音はカーリーが担っています。
フカヌーとアッキーのツインギターが弾けるスタジオでジャムしながら作っていった感じなのかな。
印象に残るシュンちゃんのキーボードプレイはNord Stage -2というモデル。
ここでのフレーズが今を生きる私たちに響いてくる。
今を生きる 自由と愛と戦争
連絡取り合おうよ
そしてなんとか無事でいよう
8.蒼い鳥 My Bluebird
1分43秒という小作品。
元々は、1987年12月『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』の制作時、ロンドンレコーディングの前の、東京での"ハートランド•セッション"の時、ハートランドのメンバーのレコーディングが長引いた為に、その合間をぬって作りはじめた楽曲。後に『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 特別編集盤』に「モスキート•インターリュード」として収録されました。
それを完成させたのが、この楽曲ということですね。
笠原あやのさんが弾くチェロがとても美しく響いている。
少し遡ってみると、ブルーバードは、アルバム『SOMEDAY』のブックレットに記載されているのを思いだします。
蒼い鳥🟰僕の心にある「良心」のメタファー
そして一番厄介なのは自己検閲です。
9.純恋(すみれ)Sumire
元々は杉真理さんが大滝さんを追悼する曲をナイアガラ•トライアングルに参加したアーティストに声をかけて、それぞれがパートごとにメロディを作り一曲にまとめるというアイデアがあり、そのサビ部分を作ったという事だったみたい。Bメロは銀次さんが作ったということを銀次さんのポッドキャストで話していました。その企画は自然に消滅してしまってらしいですけど。
強烈なパワービートを叩き出すイントロから渋谷陽一さんが絶賛のAメロの四つ打ちのキックで幕を開けるコヨーテバンド流パワーポップ。
待ってました!の大サビから
"現実" "旋律" "気づくのはいつ?"
と韻を踏んでいるスポークンワーズも飛び出す。
曲作りの時に、心に浮かんでいたのは、90年代のオルタネイティブ•ロック•バンドが
フランキー•ヴァリ&フォー•シーズンズ
を奏でるとどうなるか、ということだったみたい。その元になっていたのは、
「君はしっかり僕のもの I've Got You Under My Skin」
イタリアをルーツに持つフランキー•ヴァリの情熱的なロマンティックな感じが大好きで、1曲の中でいろいろな景色が見える、そんな曲を書いてみたかったということです。
「天空バイク」の続編のようなリリックはとても切なくて、そして聴いていてこちらが照れてしまうくらいの瑞々しさを感じてしまうほど。
少年よ、魂のスクリューを全開に
10.夜間飛行 Night Flight
1曲目の「白夜飛行」とリンクする。
朝と夜、光と影、アンビバレントな表現。
混沌には混沌を、ということかな。
11.禅ビート Zen Beat
仮タイトルは「スタートレッカー」
光の小旅行というフレーズが宇宙を想起させる。
このアルバムでは少し息を潜めていた硬質なギター•サウンド。
ほぼ1テイクでOKだったみたい。
フカヌーのゴールドトップが鳴り響くイントロがカッコよすぎますね。
鳥のような翼はないけど
翔び方は誰よりもわかってる
ここは特にとても禅を感じるラインです。
一体自分は何者なんだろう
12.マニジュ Maniju
このアルバムをメインポイントである、ポップ、サイケデリック、禅のビートをすべて包み込んだような楽曲。
明日になったら 心のシャツを着替えて 確かな場所まで 手を取ってゆくよ
心のシャツとはなんだろうか、と思いを巡らせてみると、アルバム『ザ•サークル』の「新しいシャツ」はもともと"新しい価値"だったのを思いだしました。
こう言い換えることもできるかもしれない。
心の価値を着替えて
疑いはじめてしまいそうになる、
ここでは想像力がかきたてられる比喩表現がでてくる。
暖まったチョコレート•ムースのように
おとといのココナッツ•ミルクのように
これはアルバム『SOMEDAY』のポケットブックのINTRODUCTIONにある
まるであったまっちゃったストロベリー•ムースみたいで••••••、
という価値のないものとしてのメタファーとして表現されているものと繋がっているようにも感じます。
ここに二人がいる限り
君は僕のスタア
もう心配ないよ
こだま - 日本とアメリカの友人に
初回盤の特典として、ダウンロードできた楽曲。
その後2017年の10月に配信リリースされました。
ニューヨークで開催されたアート•フェスティバルに参加した3週間のなかで、現地で書き上げたそうですね。
マニジュ制作時と重なっているので、「白夜飛行」「悟りの涙」のリリックが登場します。
コンセプト•アルバムといえる全12曲、このアルバムに限ったことではないけど、曲順通りに聴いてほしいアルバムです。
コヨーテ3部作を作りあげて、また次のステージに駆け上がっていった佐野元春とコヨーテバンド。
リリース後のツアーでは、本編はコヨーテバンドの楽曲オンリーのセットリストでした。
ラストに演奏された「マニジュ」でのサイケデリックな演奏と照明が心に残っています。
今回はここで終わりです。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
では、また!!!
参考文献
※2024年初夏ZeppTourで逢いましょうパンフレット 佐野元春コヨーテ作品を語る
※ROCKIN'ON JAPAN NOVEMBER 2017 VOL.489
※Player 2017 No.621
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